14 / 18

第14話

僕達に悲しい事件が起きたのは、締切まであと1ヶ月を切ったある日のことだ。 「ただいま、カイリ。頼まれてた色ちょうど売り切れてて…。でも僕、この色ならなんとかあるものでーー…。」 アトリエに戻る時、ようやくただいまと言えるようになって すぐのことだった。 「…カイリ?…っ、カイリ!!」 カイリは僕が外に出ている隙に 倒れていた。 カイリももう限界だったんだろう。 まともに食事すら取れていなかった僕とは違い、 カイリは人間として生きて来ていたんだ。 僕以上に、食事を取らなきゃ身体が持たないって事くらい もっと早くに気づいたってよかったのに。 ーー2人で生活するようになってからも、突然絵がバカ売れするなんて夢のような話はあるはずがなくて、 たまに売れる“リオン”の絵と、カイリの少しの貯金を崩しながらなんとか生活をしていた。 けれどいつしかそれも底を尽きて 迫る締め切りのお陰で他の絵なんてまともに描いてもいられずに その結果が、これだ。 「………リオ、ン。」 「カイリ!!」 虫の息のカイリが、もう手遅れだということは 僕にもわかった。 カイリはもう助からない。 カイリが描いていた恋人の絵は 残り僅か。 僕が頼まれたこのたったの一色を塗れば 完成するところだった。 「この絵…、お前、に任せる……。 綺麗に…仕上げてやってくれ……。」 それだけ言うと、カイリは動かなくなってしまった。 絵を描く為には金がいる。 でも、自分のことをそっちのけにして描いていては その絵すらも完成させられないまま飢え死ぬと言うのに。 「カイリぃ……。」 どこまでも、残酷で どこまでも、哀しい。 そして、作者の死を知る由もない描きかけのそれは 痛いほどに愛情を注がれた美しい女性の笑顔。 ……こんなことって。 ぱたぱたとカイリの頬に僕からこぼれた涙が降った。 真っ白なカイリを潤すそれを見て、大嫌いな自分の中にも、こんなに綺麗なものが存在するのかと思った。 ああ、やっぱり。 カイリがいるだけで こんなに世界は違って見えていたんだ。 僕は動かないカイリを見て、2つ自分の中で約束事を決めた。 まず、1つ目。 この大会限りで、リオンの名を捨てること。 カイリのいない僕に、 カイリの映す世界しか描くことの出来なかった僕に、リオンを名乗る資格はない。 最期にまた、一番綺麗なものを更新するだなんて 本当にカイリはずるいよ。 せっかくあと少しで完成するところだったのに 振り出しだ。 愛する恋人を想い 自らの命を犠牲にして描いた作品と その隣で力尽きる男。 微笑む恋人の顔は 見方によっては“私を置いて何処かへいった罰よ”とでも言いたそうに見える。 美しくて、健気で、苦しいくらい真っ直ぐで、可哀想なカイリ。 僕が描くのは、今のあなただ。

ともだちにシェアしよう!