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第59話 【2年前】(36)
タカトオの野郎、本当に頭にくる。
ごろりと寝転がって、サキはしばらく天井を見ていた。落ち着いていた体の痛みがすべて復活し、息をするのが苦しい。
まぁ今回こっちに来た目的は達成できたし、そろそろズラかる頃合いではある。エトウが行動を起こすのは、あくまでもサキがどうにもならなくなった場合の保険だ。どうせ自分で抜け出すだろうとエトウは思っているだろうし、最初からこの周囲に監視と救出の網は張られている。
後はレンだな。
溜息をつくと、サキは呻きながら身を起こした。マットレスまで這っていき、横たわる。長居は無用だ。奴と自分がレンに干渉しあう構造になってしまっている。見ていると、その精神的ストレスはレンに相当の負担になっていて、彼が壊れるのは時間の問題のように見えた。
多感な十代の間に、レンはタカトオにどれだけ虐げられたのだろう。一生懸命見上げてくる、そのいじらしい目を、サキは思い出す。震える手を自分で押さえ込み、じっと耐える仕草。
本来のレンは、おそらくのんびりした素直な性格なのだろう。良いことがあれば喜び、悪いことがあれば落ち込む。その場で誰かと盛り上がり、一緒に泣く。
そうした心の自然な動きさえも実はコントロールされていたと知るのは辛い。あの父親がいなければ、レンはもっと伸び伸びと人生を構築できたはずなのに。
レンは今、何をさせられているのだろう。部下にレンを与えるというタカトオの言葉は、実行には至らないだろうとサキは思っていた。曲がりなりにも自分の息子だ。それにサキとの関係をコントロールしたいなら、他の不確定要素をタカトオは入れたがらない気がした。
……もし本当にレンを慰み者に貶めるなら、容赦する気はないが。
どうしてもイライラは収まらず、サキは起き上がった。キッチンへ這いずるように行き、鎮痛剤を飲む。それからリビングに戻り、隙間から外を覗く。周囲の建物、見張りの気配。様々な情報をじっと観察しながら、サキは計画を立て続けた。
きっと、レンをタカトオから引き離すには、相当な──人生さえ懸けるような──努力が必要になる。それでも、まぁいいさ。サキは自嘲気味に微笑んだ。
人生を懸ける理由なんて、大体はたいしたことのないものだ。エゴイスティックなものでいい。
俺は、あの澄んだ光を隠してくゆる目が欲しい。サキに包み込まれ、安心して緩む体が欲しい。かけがえのない者が自分に笑いかけてくれた時の、胸にこみ上げる愛しさと嬉しさが欲しい。俺は自分が幸せになりたいだけだ。
悲しみの沼底に穴を穿つなら、俺はレンと一緒がいい。たったそれだけ。
でもそのささやかな願いには、多分、全てを賭ける価値がある。
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