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第78話 【2年前】(55)
戦前と変わらぬ繁華街の景色は、2人にとって馴染みの薄いものだった。闇に滲む様々な色の光は、見ているだけで心が浮き立つ。色というものは、こんな風に目に心地よいのだ。それはサキにも不思議だった。
レンが隣できょろきょろしながら歩くのを、サキは楽しんでいた。酔っ払いがふらふら歩いてくるのを、レンはびっくりした顔でよける。合田と会っている間に猪口で3杯程度は飲んでいたが、サキが見る限り、足取りはしっかりしていた。
「疲れただろ? いきなり知らない人と飲むなんて」
「う~ん、けっこう面白かったなぁ」
確かに、退屈した感じではなかった。
「面白かったか?」
「うん。なんていうか……たくさんの人の生活のことを考えると、個人的な感情じゃなくて、もっと大きいバランスをよく考えて、失敗した時もそのバランスが大きく崩れないようにしておかないといけないんだって思った」
サキは目を見張った。あの会合で、レンは抗争の本質を見抜いたのか?
「……どうしてそう思った?」
「え? だって、あの人は群馬を仕切ってるんでしょ? こうやって見ると、街はあんまり戦前と変わってない。それは、あの人や他の人たちが抗争を起こさないようにしてるからだし、ちゃんと色々な物が運ばれてきて、それを皆で分け合ってるからだ。で、薫さんはただ『あいつ』を殺して……復讐して終わりっていうことじゃなくて、その後に変な争いが起こらないように、バランスを考えるのが上手な人に頼んだ。違う?」
「怜」
「何?」
素直な目で見上げてくるレンを、サキはじっと見た。なぜ、彼はタカトオに虐げられたのだろう。母と祖母が死ぬまで、レンは2人を守っていたのだろうか。東京へは? 奴から逃げられなかった理由とは何だったのだろう。家族が死んで心が折れたところにつけ込まれたのか。
サキから見れば、一見華奢な体の中には、しなやかに敵をかわす強靭なバネが仕込まれている。幼くさえ見える澄んだ瞳には、人の本性を瞬時に見抜く怜悧な知恵が潜んでいる。
酔った労働者たちが、楽しそうに声を上げて笑いながら2人とすれ違っていく。あ、これおいしそうだな、という誰かの声がして、そうだな、と答える声が響く。
「……なんでもない」
サキは微笑み、歩き続けた。楽しくて仕方がなかった。ひとりの人間の尊厳を垣間見ることが、こんなにも自分に希望を与えるものだとは思わなかった。自分に言い聞かせる。タカトオへの攻撃は、あくまでもレンの人生を守るためだ。だからこそ、確実に奴の組織を解体できる形で排除する。それ以上の私情に走るべきじゃない。
怒りは、あの時ひとまず箱に入れた。だからきっと、それはもう育たない。レンさえいれば、自分は怒りや憎しみを箱に閉じ込め、日の当たらない場所で枯らすことができるだろう。もう、持て余した感情に狂うかもしれないと思う必要はない。
「そこのコンビニで、何かちょっと買って飲み直さないか?」
「あ、いいかも。さっきは緊張してたから。ねぇ薫さん」
「なんだ?」
「プリンも買っていい?」
声を上げて笑い、レンを抱き寄せて人目も構わず髪に口づける。レンは真っ赤になってサキの腕を振り払い、コンビニに入っていった。
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