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第84話 【2年前】(61)
「お~お、怒った怒った」
スコープを覗いていたサキは、どこか楽しそうに呟いた。射抜くような眼差しは、マンションの入口を見据えたままだ。タカトオは歩き回っているようで、時折その姿がガラス扉越しに見えた。
レンは単眼鏡から目を外し、直接マンションを眺めた。ワンボックスが一台、周囲の街並みを縫って猛スピードでマンションに向かっている。さらに色々な方向から、大きい車たちのエンジン音が響いていた。
サキの言う通り、タカトオは怒っている。ちらりと見えた時の仕草で、それはレンにもすぐわかった。
「……次はどうするんです?」
「ここに奴の部下が来る前にトンズラする」
それだけ言うと、サキはハンズフリーで繋ぎっぱなしのヤシマに指示を出し始めた。
「あともう少しでタカトオの援軍が街に到着する。第1チームを残して、後のメンツは5分以内に引き上げろ。第1は引き続き攻撃のそぶりを継続。援軍が到着し、タカトオがこちらの包囲を突破したら、お前たちも引き上げて中央線で待機してくれ」
『了解しました』
くぐもった声がレンにも聞こえた。
サキに気付かれないように、レンは溜息をついた。自分は何も知らなかった。その事実は、この位置についた時からレンを苛んでいる。サキは長期に渡ってチームワークと戦略を形成し、東京北に潜り込ませてあった自分の配下を自在に動かしている。数十人に及ぶ人間が波のように動き、合図と共に一斉に散る。
復讐のため、あるいは人質になった仲間のため、そうした様々な理由を敵にも味方にも印象づけておいて、その実、サキはしたたかに動いている。
オレはずっとぼんやりしてるだけだったし、最初のうちはオレのために薫さんが動いたなんて思い上がったことまで考えてた。
──大局的に物事も見られず、のほほんと寝るしか能のないお前には理解できない世界を、薫は生きている──
自分は薫さんに比べてちっぽけだ。豆粒でしかない無能な奴。このままじゃ、きっと薫さんはすぐオレに愛想を尽かす。いや……元々興味を持つことが変なんだ。やっぱり……オレがあいつの息子だから、敵対して情報をあいつに流さないように、なだめて可愛がってるだけなんだろうか。
サキに憧れれば憧れるほど、自分の小ささを思い知らされる矛盾。タカトオに植え付けられたその考えは、レンを蝕み続けている。
「怜。行くぞ」
サキが身を起こした。手早く狙撃銃をケースにしまい始める。タカトオのことなど大して興味を持っていないような仕草だった。
レンは自分も慌ててリュックを開け、装備をしまいこむ。サキは次の一手を考えているらしく、無言のままケースを担ぐと、もうドアに向かっていた。レンはもたもたとリュックを背負い、後を追う。
押し寄せる車の音は、2人を追い立てるように空に轟いていた。
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