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第100話 蒲田にて(26)
その瞬間、薫は痛いほど欲望が張り詰めているのに気づいた。背筋をぞくぞくと興奮が駆け上がっていく。
これだ。自分が見たかったのは、この怜だ。
秘められていた力を解放し、強烈なカリスマ性と、見る者すべてを引きずり込む凄絶な色気を放つ怜を、薫は見つめた。
2年前、俺たちは失敗した。それは高遠の言葉によって怜が封じられていたからだ。怜は自分が無価値であり、薫とは釣り合わないと思い込んでいた。薫に愛されることにさえ許可を求めずにいられなかった。その殻を壊すことができず、怜は殻の内側で破裂した。
やっと、怜はその殻が見掛け倒しだったことに気づいたのだ。
過去の自分を憐れみながら、誇り高く背筋を伸ばした怜を、薫は美しいと思った。
怜の視線が動く。
まっすぐにこちらを見つめる目に、かつての揺らぎはない。
湖の底にあった澄んだ光は、虐げられ続けた怒りをまとって輝きを増し、水面へ浮かんできている。
怜。お前は東京を統べる者となる。誰にも邪魔されず、自分の意志で誰を愛するのかを決められるようになった時、俺たちはもう一度やりなおせる。
そのために、俺は2年待った。高遠の東京支配を弱体化させると共に、怜の中にある高遠の影響が薄まるまで。怜は必死で高遠から逃れ、自分で自分のコミュニティを作り始めた。
あの街の存在がどれほど薫の救いとなったのかを、怜は知らない。
怜が生き延びるだけでなく、薫と同じように『守るべきもの』を自分の力で作ったことで、薫は怜をもう一度抱きしめたいと心の底から思ったのだ。
薫だとは知らず、怜は真剣な目で自分を見ている。
東京を獲りに行く。それが薫の意志を継ぎ、薫を殺した罪を償うという悲壮な動機であっても、そこに何かを守るという目的が含まれているなら、最後に怜は答をその手に掴むだろう。
ずっとそばにいる。
お前が真実を見つけるまで、俺は何があろうと、今度こそ手を離さない。
怜のうなじに口づけるのは、その後でかまわない。怜。お前は自分の人生を掴め。2人が並んで自分の人生を生きるようになれば、俺たちはきっと、何の隔たりもなく共にいることができるだろう。
「明後日の夜、高遠は自分の配下を呼びつけて定例の会合を開く。すべての派閥の者が奴に自分のところのアガリを報告し、奴は自分の権力を再確認する。お前ならどうする?」
怜はうっとりと微笑んだ。
「ずいぶん完璧なスケジュールだ。もしかして、すべて用意してました? 江藤さんは『政府』とつながっている。高遠の敵ということでも、あなたと利害は一致している。あなたは裏から糸を引いて、このオレを踊らせようとしているのかも」
薫は思わず、怜の腰を抱き寄せた。
お前の才能は目覚めた。すべての真実を見通し、それを冷静に組み立てることができる。お前はもう、あの父親の愚鈍な息子じゃない。したたかに計算しろ。誰の手の平の上で踊るかさえ、お前が自分で決めるんだ。
「いずれわかる。怜、お前ならな」
「いいでしょう。オレは決めたんだ。最も効率的な手段なら、オレは構わない。あなたは一番よく見える席で見物すればいい」
「私を楽しませろ。ショーが退屈なら、私は席を立つ」
契約の口づけはねっとりと甘く、互いの胸に滴り落ちた。
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