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第103話 三鷹にて(3)

 腕を組み、仁王立ちで部屋を見渡した怜は、自分の要件が終わると高遠を無視して宣言した。 「この臭い会合は終わりだ。金勘定なんて意味ない。金ってのは、クズに上納するよりも有意義に使うものだ。解散しろ」  全員がちらちら高遠を見た。無言で怜を睨み続けている高遠は、周囲の視線さえ構っていられないようだった。 「帰れ!」  怜が怒鳴った。その途端、全員が思わず従った。体が勝手に動いたと言ってもいい。入口に近い者が逃げるように部屋を出ていき、次々と人が出ていく。 「中央線南の防衛に関する者だけ残れ」  怜は厳しい口調で言うと、部屋の奥に向かった。勝手にカーテンを開き、ベランダに続くガラスの引き戸を全開にし、戻ってガラステーブルの上のリモコンを取る。暖房を切った怜は、リモコンをぽいとゴミ箱に放り捨てた。 「こんな臭いところで、よく我慢できるな。あぁ……高遠、お前が腐ってるから気にならないのか」  自分の主要な配下全員の前でコケにされた高遠は、もう怒りを通り越していた。顔は青ざめ、手がわなわなと震えている。 「……お前は……この2年、腑抜けのままだったくせに、なぜ」 「あぁ、オレはオレで忙しいんだ。自分の仕事もまともにできない無能な父親のおかげで、オレは自分の家を精一杯知恵を絞って守らなきゃならないんでね」  生き生きとした調子で、怜は楽しそうに言った。  新参の奥村と、その一派である7、8人だけが残ったところで、竹田は隣の須川の様子に気づいた。須川はずっと目を爛々と輝かせ、興奮しきった顔で怜を見ている。  こいつ、怜を狙ってるんじゃないだろうな。  昔の怜ならともかく、今の怜に手を出そうなんて竹田には考えも及ばない、今の怜は怖すぎる。  何考えてるんだか。竹田が須川にそう思った時、当の須川が竹田に顔を近づけた。 「な? 面白かっただろ?」  思わず須川をしげしげ見る。どこから情報を仕入れていたんだ? 「これはこれは……」  怜の声に、竹田は須川から顔を離した。怜が妖艶な目でこちらを見ている。  怜が部屋に入ってきた時から覚悟はしていた。  竹田は溜息をつき、ぼそりと言った。 「久しぶりだな」 「お久しぶりです。タケさん」  怜だけは、昔のあだ名で呼ぶ資格がある。 「なるほど。あの抗争の最初にオレとタケさんが人質に取られたのも、最後に図書館に鉄砲玉が突っ込んだのも。全部仕組まれていたわけだ」 「……元気そうだな。怜」  竹田はかろうじてそう言った。佐木を撃った後、ばあちゃんの所に竹田が怜を匿ったことを、怜自身が覚えているのかどうか確信はなかった。  黙ったままの高遠を、怜は見下ろす。 「江藤のところに交渉に行く際の警備と運転手はタケさんに頼む」 「勝手にしろ」  高遠は冷たく言う。竹田は目をつぶった。  まぁ……どうにもならないことだ。怜も佐木を撃った。全員が修羅の渦の中にいる。ひとり残らず『こっち側』、今更裏切りを言ったって無駄だ。それがわからない怜じゃない。 「奥村さん、と言いましたか。多摩川沿いの防衛の増強をお願いします」  奥村は、物事を楽しんでいる目で頷き、手を振った。 「了解した。蒲田に誰か派遣しようか?」 「それは不要です。オレの手勢で充分だ」  ふぅん、と奥村が鼻を鳴らす。お手並み拝見のつもりらしい。怜はソファーに座ったままの高遠と奥村に向かって話し続けていた。 「江藤がどこにいるかは……」 「あいつなら、神奈川県庁近くのマンションにいるぜ」  突然、竹田の横で須川が口を開いた。  ぎょっとした顔で高遠と奥村が須川を見る。 「場所は後で教えてやる。何か知らないことがあれば俺に聞けよ。情報の収集・管理が俺の仕事だ」  怜は目を細め、じっと須川を見た。誰かの面影を探しているような顔。やがてゆっくりと、怜は須川に声をかける。 「色々教えてください。お名前は?」 「須川だ。なんなら情報だけじゃなく、もっとイイことも教えてやれるぜ」 「……それはいずれ、機会があれば」  そう言うと、怜は意味ありげに笑った。  まったく。以前とは違い、怜は自分の肉体が誰にどんな影響を及ぼすのかを理解し、それを使いこなしている。  あんな強烈な毒花、抱きたいと思う奴の気がしれない。  竹田は詰めていた息をこっそり吐いた。  ふと思う。  佐木が生きていたら、今の怜を抱きたいと思うだろうか。  竹田が見る限り、今の怜にまともに対抗できるだけのカリスマ性と実力、そして自信を持っていたのは佐木だけだった。  寂しく思う。  佐木が生きていればよかったのに。あの人はおそらく、当時すでに怜の本質を見抜いていた。見抜いた上で、怜を手元に置こうとしていた。  抗争の中で見た、怜のうなじに散った赤い痕を思い出す。  愛していたんだ。  怜、きっと佐木はお前を愛していた。  今のお前なら、佐木に愛されることにおどおどした態度を取らないだろう? 隠したりもしないはずだ。  堂々と誇り高く、佐木と共に君臨できたはずだったのに。  竹田は、自分が2年前にしたことを苦く思い出し、再び高遠を憎んだ。  いいさ。お前がたったひとり生き残り、佐木さんの分まで戦い抜くと決めたのなら、高遠が死んで東京に風が吹くまで、おれは怜の運転手を務めよう。お前の行く先を見届けられるなら、おれはそれで構わない。

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