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第121話 横浜にて(6)
部屋に戻ってきた竹田は、ソファーにふんぞり返っている須川を見てひるんだ顔をした。「須川」は江藤と敵同士のはず、それがまるで部屋の主であるかのような態度で真ん中にいる。
竹田はまず、窓際の怜を伺うように見た。そりゃまぁ、この中で一番怖くないのは怜だ。
「すみません。車を出してもらったのに二度手間で……」
「タケなんか、どうせパシリだ」
横目で、会話に割り込んだ須川──薫を睨んでから、怜は竹田に言った。
「その~すみません。本当に。えぇとオレも昨日知ったことなんですが」
「さっさと2年前のことを吐けよ」
怜は薫に聞こえるように溜息をついた。江藤は噴き出しそうな顔で静観を決め込んでいる。
「2年前……」
竹田は戸惑った顔をしている。当たり前だ。話が見えないに決まっている。さてどう切り出すか。自分の勘では、竹田の心情はこちら側だ。ただ、薫が完全に機嫌を損ねている。考えこむ怜の出鼻をくじくように、薫が竹田を見下すように言った。
「2年前、お前は怜とデキてたのか?」
怜はその時点でキれた。
「黙って! いい? この場を仕切るのはオレだ。あなたは自分が何者なのかも明かさずに竹田さんに嫉妬だけを向けている。いつもの冷静な態度はどこに行ったの? バルコニーで頭を冷やしてきて!!」
江藤が声を上げて笑いだした。面白くてたまらないという感じだ。怜がびしっと外を指差すと、薫は渋々口を閉じた。
「まったく……」
怜は溜息をつくと、部屋を突っ切った。薫の横へ行くと、尻を追い立てる。
「はい、立って」
「何だ」
「立ってって言ってるの。聞こえない? 頭が冷えるまでバルコニーに行ってってオレは言った。ここに座るのはオレだ。立って」
言われた通りに薫が立ち上がったので、竹田は目を丸くした。誰も手綱を握れない「須川」を怜はいとも簡単にあしらったのだ。
怜はソファーにどっかり座ると、竹田を手招きしながら言った。
「江藤さん、申し訳ありません。しばらくこの場をお借りします」
「かまわないぜ。この際だ、疑問点は全部明らかにしてから帰ってくれ。コーヒー淹れるか?」
「お願いします」
怜は江藤に向かってにっこり笑った。続けて竹田にも笑いかける。
「どうか座ってください。あそこの無礼なクソガキは放っておいて構いません」
「おい怜」
「バルコニー」
「……」
薫の口を封じて、怜は江藤からコーヒーを受け取った。向かいに座った竹田にもコーヒーを勧める。
「さて。タケさん……竹田さん。戻ってきてもらったのは他でもない、あなたにここで話を聞いておきたいからです。2年前のいきさつを、すべて」
「……だけど」
竹田は横目で須川を見た。須川、つまり薫はじっと竹田を睨んでいる。
「ここで……江藤さんのところで、この話題を持ち出したのには理由があります……。オレ自身が昨日知った事実ですが、佐木さんは生きている。そしてこの2年、あなたの近くで高遠とその配下の動向を監視していた」
竹田の目が、今度こそ驚愕に丸くなった。須川の方へ顔を向け、まじまじと見る。
「それって……つまり」
「そうです。そこにいる偉そうな子供は、佐木さんです」
「はぁ?! じゃあ……おれはずっと」
「自分が裏切った人と組んでいたってことになりますね」
絶句したまま、竹田は固まっていた。
「オレが竹田さんに2年前の真相を話してほしいと言うのは、他でもないオレの潔白を晴らすためでもあります。かつて中央線南を仕切っていた2人の前で、あの時の真相を話してもらえませんか? オレは……どうしても、あなたが高遠に本当に忠誠を誓っていたようには思えない。あなたはオレをばあちゃんの所に連れて行って隠してくれた。それにあの時……オレの記憶が正しいなら、あなたは……」
「そうだな……おれは……お前だけが高遠さんを倒せるんじゃないかって言った」
「ええ。何があったのかを話してもらえれば、オレたちは手を組んで、今度こそ高遠を倒せる。お願いします」
竹田は江藤と薫を見回した。江藤が肩をすくめる。
「ま、大体のところは推測がつくがな。俺には今更なんだが、竹田、お前があの時何を考えていたのか、ここで言わなければ、まぁ……切り捨てるだけだ。償う気があるなら、すべて話せ」
マグカップ越しに江藤の目が光った。竹田は江藤をじっと見てから薫に視線を移した。
薫の昏い眼差しを、竹田はじっと見る。
「そうですね。正直……苦しかった。佐木さんが生きていたらと、何度思ったか。でも、この間怜が高遠のところに来た時、おれは……今度こそ、怜は全部を飲み込む力を手に入れたんだと思った」
竹田は息を吸った。
「須川がおれに当たっていた理由もわかった。佐木さんだったのか。だから……」
「驚いたと思いますけど」
「驚いたけど、怜……お前が高遠のところに乗り込んできた時ほどじゃない。あの時のお前は本当に……本当に凄みがあった。おれは、怜になら忠誠を誓ってもいい。だから話すよ。全部」
どこかほっとした声で、竹田は呟くように言った。
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