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第122話 横浜にて(7)

「おれは、最初蒲田に住んでた。でも両親が強盗に襲われて死んで、その後、蒲田にいるばあちゃんのとこに世話になってた。20歳になった頃だった。  どうにかひとりで生きていけるようになってからは、東京全体で運び屋をやってた。外との境界線に、闇マーケットがいくつもあるだろ? 中の奴から注文を受けて、必要なものを調達して届ける。あるいは、単純に運ぶだけの仕事をする。一番多いのは、外からの荷物を公立マーケットに運ぶ仕事だった。それ以外は、境界線にある運送業者のところに行って、荷物を車に積んで、受取人のところに運ぶ。  東京の中って人がとにかく動き回るし、すぐいなくなるだろ? 住所なんてなくて『たぶんあの辺に息子がいると思う』みたいなノリで荷物が来る。だからよそ者は荷物を届けられない。おれは情報を集めて、受取人の場所を突き止めるのが得意だったから、割と実入りが良かった。  ただその~、当時のおれは東京の大部分の人間と同じように、モラルがなかった。生きるためには何でもやらなきゃいけない。それで、荷物を時々くすねて、横流ししてた。受取人が見つからない荷物なんて、いくらでもあるしな。  それでまぁ、ある時、荷物の中から適当にくすねたんだ。小麦粉かなんかだと思って、うどん屋のおっちゃんのとこに持っていったんだけど、それはヤクだった。気づかないで、高遠の取引に頭を突っ込んだわけ。  おれはとっ捕まって半殺しにされて、一週間、ボコボコに拷問された」  竹田はシャツをたくし上げた。縫合の痕がいくつもある痛々しい腹に、怜は哀しくなった。 「で、一週間後に高遠に言われたんだ。佐木さんのグループに入って情報を流すと約束するなら、解放してやるって。生き残りたかったおれは、その話に乗った。その時は……あんまり深く考えなかった。生き延びられるなら、なんだってやるって気分だった。それで怜が来る2年前ぐらいかな? おれは佐木さんのところに入った」  薫はガラス扉の横の壁に寄りかかり、腕を組んで黙って聞いている。さっきゴネたのは、竹田に自分の存在を納得させるための演技だったのか、それとも本当に竹田と張り合おうとしたのか、怜には判断がつかなかった。竹田が続ける。 「正直、佐木さんのところは居心地が良かった。仕事は基本的にきちんと決まっていて、報酬も公平だったし。おれは適当にどうでもいい情報を向こうに流して、あとはのんびりすることにした。  そうやって佐木さんのところに馴染んでしばらくして、怜が来た。最初はただの新入りだと思って面倒を見てた。配置が偶然だったのかどうかはわからない。ただ……第3リーダーの宮城さんだけの決断じゃなくて、何人かで話し合って、おれが面倒を見ることになったんで、誰かが『配置』について高遠から指示を受けていたかもしれないな」  竹田は考え込みながらコーヒーを飲んだ。 「しばらくして、高遠から直接メッセージが来た……怜を監視しろ、ただし誰にも、怜本人にも知られないようにしろ。そして怜の動きは邪魔するなと。おれは怜が何者なのかを調べることにした。情報は簡単に手に入った。さいたま市で、リーダー2人を手玉に取って殺し合いをさせたっていう話だ。ただ……おれ自身が怜を見ていて、その話はピンとこなかった。怜はそういうことをするタイプには見えなかったんだ」 「それは……ありがとうございます?」  怜は呟いた。 「おれ自身、怜のことは好きになってたし。一緒にいると安心するし、その、綺麗だし……」  怜の視界の隅で、薫の眉が上がった。複雑な気分らしい。 「とりあえず、おれは自分で怜を探ることにした」 「あぁ……オレの部屋で一緒に飲んだ時」 「そう」  薫が壁から背中を話した。口を開きかけた気配に、怜は睨む。薫はしぶしぶ元に戻った。 「さいたま市でのアレは、やっぱり高遠の策略だったなっていうのはわかった。あと、怜が佐木さんに気があるっていうのは……なんとなくわかってた。おれじゃ佐木さんに勝てないから、先になんとかしたくて告白したんだけど」  薫が腕組みを解く。怜はぎろっと制した。薫と怜の無言のやりとりを、江藤は澄まして眺めている。まったく。竹田には落ち着いて全部話してもらわなければならない。 「怜と話して、やっぱり怜は佐木さんに気持ちが向いてるんだって思った。おれのことなんか眼中になくて、怜はずっと佐木さんとの関係のことを考えてる感じだった。怜に断られた時に、おれはその、なんとなく高遠の指示の内容がわかった気がした。怜が佐木さんとくっつくのを邪魔するな、あるいは邪魔する奴を排除しろっていうことなんだって。おれの仕事はあくまでも監視役で……おれが怜に感情を向けること自体、許されてないんだっていうことに気づいたんだ。ただ、怜の真意がどこにあるのかは、どうしても知りたかった。怜が高遠の指示で、佐木さんをタラシ込もうとしているんだと思いたかった。純粋な気持ちじゃないなら……チャンスはあるんじゃないかって。  変な話なんだけど、さいたま市のことを考えると、怜は計算づくで佐木さんに近づいてる。そしてそういう性格なら、おれにもチャンスがある。ところが怜に接すると、計算が何もない感じがして、おれはそこが好きだった。どこまでが高遠の指示なんだろうって思ったんだ。図書館に車で突っ込んだ奴は、妹を人質に取られてた。恋人を売り飛ばすと脅されてた奴もいる。みんな……そんな感じで高遠の指示に従ってたから、怜が自分の意志で佐木さんに近づいたのかどうかが全然わからなかった。ただ、はっきりしてるのは2人がお似合いだったこと。おれはどうでもいい存在なんだってこと」  沈んだ目だった。自分の人生が脇役であることを押し付けらるのは、どんな気分だろう。怜はあの時竹田を追い払ったことに、申し訳なさを感じた。どうすることもできなかったのは変わらないのだが。 「不思議なんだけど、佐木さんに対する嫉妬はなかった。あんなすごい人と張り合うなんて無理だったし、怜がおれより佐木さんに夢中になるのは当たり前だった。  ただ……羨ましかった。佐木さんも、怜も、いるだけで人目を惹く。2人が抱きあって図書館の隅で眠っているのを見た時には、正直、別世界の人たちなんだなって思った。おれは結局、高遠に躾けられた惨めな犬でしかない。穏やかな時間なんか……自由なんか、なにもないんだって。  そして……おれと怜がバディを組んで境界線の警備にあたる日付と時間を寄越せと言われて、おれは情報を流した」  始まりはいつも些細なことだ。東京を動かそうなどという野心ではなく、ひどく個人的な悲しみ。  怜は竹田を見つめた。後悔にうつむき、コーヒーの揺らぐ水面をじっと見ている男。 「竹田さんが流さなくても、結局誰かが流していたでしょう?」 「それでも、あの瞬間に裏切りを決断したのは……おれだ。状況のせいにしたって始まらない。高遠への忠誠心よりも、おれは惨めな自分から逃げたくて佐木さんを裏切った」  竹田は続けた。 「その後は多分、佐木さんも江藤さんもわかってると思う。佐木さんと怜を残して人質部屋から引きずり出された時、おれは高遠に言われたんだよ。怜は息子で、父親である自分を憎んでるって。高遠はそれを、すごく楽しそうに言ってた。  怜は父親が嫌いで、その罠から逃げようとしている。高遠はその感情をわざと煽ろうとしていた。佐木さんの面倒見の良さも、リーダーとしての資質も、高遠にとってはすべて物事を思い通りにコントロールするための道具でしかない。  奴は、おれが生き残りたいと思った意志も、怜への好意も、佐木さんへの尊敬も利用した。高遠は言ったんだ。佐木さんと怜を残しておれだけを中央線南に戻す。逃げたければ逃げていいし、中央線南で好きなように行動すればいい。ただ、統括ペンダントの場所を突き止めなければ、おれが高遠のモグラで、おれ自身が計画して怜を集団レイプする計画だったと2人に話すと。怜は父親である自分を憎んでる。その父親とおれが同じ性質だと思えば、怜も佐木さんも、骨の髄までおれを蔑むだろうとも言った。裏切り者と言われる以上に、それはおれのプライドを傷つけた。腐っても、おれはそこまで堕ちちゃいない。  結局おれは怜に蔑まれたくないっていうその一念に憑りつかれて、江藤さんに食い下がり、抗争の最中、図書館まで案内してくれと言ってきた鉄砲玉の手引きをした」  竹田の感情は怜にも覚えのあるものだ。自分はそこまで堕ちちゃいない。そこまで無能じゃない。竹田は前線から外されて輸送グループに回されることに抵抗したが、あれも高遠にプライドを傷つけられたことへの反発だったのだろう。  江藤は黙ったままだった。薫も再び壁に寄りかかり、じっと話を聞いている。竹田は力なく微笑んだ。 「ただ、高遠を倒すとすれば、佐木さんと怜との信頼関係がカギだとは思った。ひとりひとりだと、自分のプライドの歪みはわからない。他の人が何を考えているのかもわからない。高遠は、自分が送り込んだスパイ同士が情報交換をしないように、注意深く配置していた。自分以外のスパイはいるのかいないのか、いるとしたら誰なのか、そういうのはわからなかった。互いの考えを隠さずに言い合える相手がいて、ネットワークを作れたら違っていただろう。  そういう経験から、佐木さんと怜がもしお互いの考えを隠さずに言い合えたら、高遠は2人をコントロールできないんじゃないかっていう感覚はあった。2人がうまくいくことだけが、おれにとっては希望だった。でも……」 「オレと薫さんはすれ違い、最悪の結果になった」 「あぁ。図書館が炎上した後、情報は錯綜してた。怜が佐木さんを撃ったとか、佐木さんが高遠を撃ったとか色々だったけど、死んでるようにしか見えない佐木さんを、江藤さんが図書館から引きずり出してるのは見た。江藤さんはなりふり構わず電話で怒鳴ってて、何が何でもヘリを飛ばせって言ってた。おれは、自分がやらかしたことで全部が終わったってことはわかった。怜の姿が見えなくて、おれは全員の動きを無視してひとりで怜を探した」  沈鬱な雰囲気の中、竹田の声は掠れていた。 「図書館から離れたところを、怜はひとりでフラフラ歩いてた。佐木さんのグロックを持ったままだった。直観的に、自殺するつもりだと思ってさ。ほんの数時間前まであんなに綺麗で強い目をしてた怜が、抜け殻みたいになっていた。  そのまま放っておいたら、怜は多分死ぬ。死なないまでも、男たちの慰み者にされて終わる。おれは、こんなこと言えた義理じゃないんだけど、怜には生きていて欲しかった。だから、ばあちゃんのところに連れていった。あそこは人の出入りがほとんどない。おれ自身も迂闊に近づくことはできないから、抜け殻の怜を匿うとしたらあそこだけだ。  なんとなく、おれは怜に終わってほしくなかった。高遠を潰せる人間で、残っているのは怜しかいない。江藤さんの様子から、佐木さんが手遅れかもしれないっていうのは察しがついた。  しかも、怜の手からグロックを剥がしたのはおれだ。  怜。お前は自分ではわかってないかもしれないけど、反射的な動きがケタ違いに速い。そして絶対に失敗しない。怜が佐木さんを撃ったのなら、それはつまり、佐木さんの急所を一発で撃ち抜いたってことだ。だから佐木さんは死んだだろう。なんていうか、確信があった」 「え……オレ、そんなふうに思われてたんですか?」  怜が呟くと、薫が含み笑いをした。 「よく見てるな。俺が最初に気づいたのもそれだった」 「あれですよね。怜が来て最初の襲撃」 「そうだ。あの時、俺も怜を『本物』だと思った。生粋の戦闘員だ。冷酷に無慈悲に、一撃で相手の急所を食いちぎる動物的な本性を怜は隠している。それが……怜を時に強烈に印象づける」 「冷酷で無慈悲?!」  怜は驚いた。自分はぼんやりしている方だと思っていたのに、全然自覚のない自分の性質について、竹田と薫が意気投合している。 「オレって無慈悲なんですか?」  マグカップを持ったまま、江藤も賛同する。 「自分でそれを自覚してないから高遠にいいように使われてたんだろ。少なくとも俺が見た限りでは、殺気に対して動物的な反応をする。おそらく今の東京で怜よりスピードのある動きをする奴はいない。薫と怜がやり合った場合、薫に勝ち目がないのは明らかだ」 「そう……なんですか?」  江藤は肩をすくめた。 「この間の食堂でも、俺の動きを完璧に見切ってた。反応される前に本気で撃ちこんだのに、お前はかわしやがった。スピードでは勝てないから、動かずに待ち受ける戦法に切り替えたんだが、あと少しで頸動脈をやられるとこだったな。お前が本調子なら勝てなかった」 「見たかったな」  薫が残念そうに言う。 「江藤さんとオレがやり合うのが見たかったって、どういう神経?」 「翔也のスピードは知ってる。怜がそれを上回るってのもな。この国でのトップ2人の本気の戦闘なんて、そうそう見られるもんじゃない」  獰猛な笑みを浮かべる薫に、怜は呆れた顔をして見せた。 「オレは自分のスピードを自覚してないせいで、薫さんの心臓を撃ったわけだけど、そこのところはいいわけ?」 「あれは、あの事態に至る前に俺がヘマをしたのが原因だ。北で高遠のマンションを脱出した後、最初のチャンスで高遠の頭をブチ抜いておけばよかった」 「今更そんなこと言ってもしょうがないんじゃない?」 「しょうがないな。人は、その時に最善だと思う決断をするだけだ。その後の努力こそが、決断を正しかったものにする。だが俺は図書館で再び、高遠の頭をブチ抜くのに失敗した。結局、グロックを自分に向けて撃ったのは俺だ」  真剣な目で、薫は全員を見渡した。 「物事はすべて、糸のようにつながっている。糸には分岐があるが、今ここで別な分岐の話をしても仕方がない。この場で最も責任が重いのは俺自身だということは理解しているが、ひとまずそれは脇に置いて、俺が幽霊にならずにここにいることに感謝しておくさ。竹田。お前はプライドを餌に高遠に踊らされたが、最後にプライドを捨てて下した判断は正しかった。怜の安全を確保してくれたことに関しては礼を言う」  竹田は無表情なまま答えた。 「まぁ、それでおれが全部許されるわけじゃないことはわかってますけど」 「そうだが、高遠に踊らされた立場としちゃ仲間だ。これ以上お互いに何か言うことはしない。その代わり、今後は全面的にこっちに協力しろ」 「わかりました」 「それにしても……」  薫は怜の顔を眺めながら、呟くように言った。 「完璧な場所に隠したな。俺が意識を取り戻してから怜を見つけるまで1年近くかかった。部下全員に通達してあったのに見つからなくて、俺は長野まで探しに行こうかと思っていたんだ。蒲田で歩いてるところを見たって聞いた時には、自分の目で見るまで信じられなかった」  目を細める薫に、怜は呟く。 「さっき江藤さんが言ってた、テンションがブチ上がったのって」 「怜が蒲田にいたって、突然電話してきてものすごいテンションでわめいてたよな、薫」 「まぁ、仕方ないだろ……」  江藤はニヤニヤしている。 「警察組織を東京に入れる仕事を嫌々やってたくせに、いきなりやる気満々になったんで、『政府』がパニックになったんだよ。手段を問わず強引に自衛軍と警察とを掌握して、あの『政府』の中で最高権力者に成り上がりやがった。『政府』の中にも高遠と繋がってる連中は多いんだが、そいつらは今や追い出される寸前で、隙あれば薫を殺そうと伺っている状態だ。こいつが本名と素顔をさらして歩けない理由は色々あるのさ」  竹田が呆れた顔になった。怜はソファーの背もたれに寄りかかり、コーヒーを飲む。 「オレを見つけた時点で東京を改造しようって決めたわけ?」 「いや、その、怜が生きているなら、高遠を派手に蹴散らせるかと。その前は地味にコツコツやろうと思ってたんだが」 「へぇ」  色々なことが明らかになったわけだ。同時に、怜は自分が他の者にどう見られていたかを知った。  良くも悪くも、結局自分は高遠の息子だということか。ただ薫も江藤も、そして竹田も怜の本性を理解した上で敵視していないことがありがたかった。 「薫さんは、オレが生きているなら、正面突破で高遠を東京から排除できると思ってるってこと?」 「そうだな。怜。お前の強みは高遠の息子であるということだ。才能は使う者が正しく使うかどうかにかかっている。他人を操ること、無慈悲に敵を狩ること、そうした力はリーダーとなるために必須の能力だと今の東京では考えられている。問題は目的なんだ。高遠の利己的な目的に東京中がうんざりしている。同等の能力を持ちながらも他人とのコミュニケーションを怠らず、善良な目的のために動く者がトップにつけば、東京はもう少しマシになるだろう。そこから戦前の統治機構に軟着陸できれば、我々全員の目的は達成される」 「ふ~ん、一応、東京全体のことを考えてはいたんだ」  江藤はやっぱりニヤニヤしている。 「ま、迷走はしてるが許してやれ、怜。薫は自分の仕事に私情を入れまくってはいるが、最終目標は見失っていないと俺も信じたいんでね」  むすっとした顔の薫に、怜は溜息をついた。 「で? 状況はどこまで進んでるの? この際もう全部情報は出し切って、作戦を立ててしまいたいんだけど」  怜の態度が軟化したことに、薫はすぐに気づいたのだろう。大股で部屋を横切ると怜の横に座った。やっと落ち着いたなと怜は思った。薫の緊張感がほぐれ、体の芯が緩んでいる。  江藤はここにいる全員をどこまで理解しているのだろうと怜は漠然と考えていた。彼は人間観察の達人だ。薫と同等の能力を隠し持ち、薫という難しい性格の男の副官を長年務めてきた男は、デスクから立ち上がると、怜の前に置かれたトレイにマグカップを集めて載せ、キッチンへ入っていった。  あれこれ動き回ってから、江藤は再びトレイを持ってリビングへ戻ってきた。  コーヒーのおかわり。竹田と怜にはさっきと同じマグカップだが、薫の前に置いたマグカップだけが、『須川』に出したものとは違っていた。  紺色のマグ。そういえば薫は『須川』として行動している間、さりげなくコーヒーに口をつけなかった。  考えてみれば、2年前の抗争の時も江藤は最後まで自分の持ち場を譲らず、前線を完璧に制御しきった。先日の食堂襲撃の時も紙一重で怜を押さえ込み、誰にも怪我をさせなかった。  江藤さんって、自分で何かを仕切ったりはしないんだろうか。  不思議な人だった。本人は涼しい顔をしてデスクに座っている。その飄々とした顔は自然だ。かつての裏切り者、竹田に対しても別に何とも思っていないらしい。  このぐらいの大物じゃないと、薫さんの副官は務まらないってことなんだろうか。  そうした人間が自分を認めているというのも、怜には不思議だった。  もしかして、オレの自信は薫さんからじゃなく、江藤さんから与えられていたのかも。  2年前の抗争中に江藤が仕掛けてきた『試験』を思い出し、怜は微笑んだ。糸は繋がっている。分岐しながら今に続いている。  江藤がいなかったら、あるいは竹田がいなかったら、今、自分と薫は並んで座ってはいない。  4人は黙ったまま、マグカップに四方から手を伸ばした。

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