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第123話 横浜にて(8)

「それで? 薫さんが『須川』さんとして中央線南にいるっていう今の状況はどういうものなの?」  怜がマグカップを置くと、竹田も顔を上げた。 「『須川』って感じ悪い奴なのに、奥村さんはなんで放り出さないのか不思議だったんだよな」 「あぁ、今の奥村は宮城だ」 「へ?」  怜と竹田は同時に変な声を出した。 「宮城って……第3グループのリーダーだったミヤギさん?」 「あぁ」 「えぇええぇ?! だって全然違うじゃないですか!」  竹田が焦って大声を出す。薫は当たり前という顔をしていた。 「うちのチームは全員顔を変えてる。別に宮城に限ったことじゃない。あいつは大学時代に演劇部だったし、そのせいか最初に特殊メイクを覚えたんだ。で、1年近くかけて本物の奥村を研究して入れ替わった」 「え、じゃあ『須川』が政府派の時田から奥村さんの預かりになったのって……」 「政府派の人間関係を探るっていう俺の仕事にある程度目途がついて、『須川』の素性が本格的に探られ始めたから南に移動した」 「本物の奥村さんは……」 「今頃、大阪の近くで悠々自適の暮らしを送ってるはずだ。大金を払って追っ払っただけで殺してはいない」 「殺してはいないって……それにしたって……全然気がつかなかった。宮城さん、おれのこと恨んでるんじゃ」 「2年前の抗争の後、チーム全員とよく話し合って、その辺の意識は統一してる。お前だけじゃなく、高遠に使われてた連中はけっこういた。そのうちの数人から聞き取りをして、ほとんどの奴が弱みを握られたり脅迫されたりしていたことが判明してる。だから感情はひとまず保留にして、これから味方として取り込めるかどうかに全員が集中するようにしている。宮城もまぁ、怜と竹田には言いたいことはあるだろうとは思うが、今は奥村として行動することに徹してる」 「はあ……そうですか」 「正直なところ、中央線南はほとんど俺の部下に入れ替わってる。残りはお前ぐらいだ、竹田」 「おれ?」 「お前が一番、腹が読めなかった。何かを隠してる気配もあったし、高遠を切ってこちらにつくかどうかが読めなかったから、俺が直接組んでいたんだ」 「うわぁ……」  竹田は頭を抱え込んだ。 「マジか、1年以上見張られてたのか」 「用心深いのは以前からわかっていた。味方にできれば強いが、そうでなければ致命傷になる。秘密を共有できるかどうか、最後まで確定できていなかったんだが、ま、怜の一件で改めてチームに入れるということで結論は出たわけだ。今度こそ裏切るなよ。全員に通達しておく。今回の作戦は秘密が保たれるかどうかが非常に重要だ。裏切りの気配を見せた者は問答無用で撃ち殺されてもかまわないという条件で全員が参加している」 「……わかりました」  疲れ切った顔の竹田を、怜は気の毒に思いながら眺めた。  それにしても、改めて薫の手腕は面白い。2年前に高遠に人質に取られた後、薫は圧倒的優位に立って狙撃をしたにもかかわらず、結局高遠を撃たなかった。あの時に、ずいぶん回りくどいことを考えると思ったのだが、今回も薫は徹底的に準備している。怜を見つける前に手をつけていたのだとすれば、その回りくどさは変わっていない。  面倒くさい、撃ち殺してしまえば終わりじゃないかというのが怜の発想なのだが、薫はそうは考えない。あくまでも、東京全体の総意として高遠を排除する流れにこだわる薫が、怜には不思議だった。多くの人間の上に立つ者というのはこういうものなのか、とも思う。 「で? 中央線南はすでに掌握できていると考えていいわけ?」  怜の質問に、薫は頷く。 「いつでも一斉蜂起が可能な状態になってる。お前が奥村……あぁ、宮城と交渉して中央線南を率いるとなれば、あとは北の政府派と高遠の本丸をどうするか」 「それぞれの勢力範囲と強さはどんな感じ?」 「あぁ、詳しい資料については……翔也、お前のパソコン使えるか?」 「タブレットでもいいか?」 「あぁ。俺のクラウドにアクセスできれば」  江藤のタブレットを4人で囲み、話し合いは続いた。  差し当たり、怜は政府派と交渉しなければならない。利害関係でしか動かない連中をどう動かすか。引退させるとすれば、連中は条件として『政府』でのポストと金を要求してくるだろう。薫は『政府』にこうした異物を入れるのに頑強に反対している。勢力争いの場所を移すだけで意味がないという薫の考えは怜にも理解できた。  後々に悪影響を及ぼさないように、しかも東京の人々を納得させる形で政府派をどう排除するか。単純に殺せばいいというものではないことを、怜は薫から学びつつある。アタマが変わるだけでは東京は変わらない。たとえ建前であっても、トップが国家統治を受け入れる姿勢が必要なのだ。  江藤が頼んだピザを食べながら、4人は話し合いを続けた。

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