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第137話 【2年前】(83)
しばらく4人は黙りこくって、それぞれのことを考えていた。数分経って、江藤がぽつんと言う。
「結局あの時、何があったんだ?」
話すことで償いになるのなら、薫は何でも話す気になっていた。誰もが、自分の敗北の原因を知りたいと思う。話すのは義務だとも薫は感じていた。
「あいつは……父親に、自分には価値がないと思わされた。すべてはそこから始まる。自分には価値がない。信用される価値も、俺のそばにいる価値も。だから、抗争が終われば俺に捨てられるという考えから離れられなくなった」
江藤がワインで口を湿らせると、静かに言う。
「抗争の最中にあいつは確かに言ってた。自分は無価値で有害、ゴミみたいな人生だって」
「そうだ。怜は俺を愛してはくれたが、自分自身を信じていなかった。抗争に決着がつけば自分は捨てられる。俺は……抗争を有利にするために怜を利用しているだけだし、それは怜自身に価値がないことを思えば当然だ、と。それでも、怜は俺を信じようと足掻いていた。俺は高遠の影響を断ち切るために、信頼を一番わかりやすい形で提示した」
「統括ペンダント?」
「そうだ。賭けだった。それが……裏目に出た」
「結局裏切ったってことか? あいつは、自分の感情とは関係なく結果的にお前を裏切ることになるだろうっていう言い方をしていた」
江藤の方をぼんやり見ながら、薫は続けた。
「そうだな。表面的に見れば、怜は高遠が統括ペンダントを手にするように行動した。怜もそうなることを予感していた。だが……本当のところ、怜は統括ペンダントを守るために動いたんだ」
意識を失う前、最後に見たのは怜の目だった。絶望に見開かれた、赤い目。
「高遠が図書館に火をつけたのは、怜か俺、あるいはペンダントの場所を知っている者が焦って取りにいくことを狙ったからだった。バンが突っ込んだ時、高遠は隙をみて図書館へ入り込んだ。
怜は……俺が屋上で指揮を執り続けているのを見て、自分がペンダントを守らなければならないと思ったんだろう。だから図書館に飛び込み、ペンダントを書庫から出した」
絶対に、図書館に入るな。
そのメッセージを怜はあの時、はっきり受け取ってくれたのに。束の間交わされた視線。薫の願い空しく、怜は倒れ込むように走っていった。
「高遠は怜を待ちかまえ、書庫から出てきた怜からペンダントを奪おうとした。俺が全員を脱出させて駆けつけた時、高遠は怜を絞め殺すところだった」
江藤と宮城が息を呑む気配がした。
「結託してたわけじゃないってのは、本当だったのか」
「ああ。揉みあう2人に俺が割って入り、一度は高遠を倒したんだが……そこから、何もかもが悪い方へ転んだ。
殴りあいの最中に俺のグロックは飛ばされ、怜がそれを拾った。高遠は俺と怜との関係をせせら笑い、怜はパニックを起こした。そこで運悪く、奥で爆発が起こった。バァン! 爆発音に驚いた怜が撃ってしまい、そこに……俺がいた」
沈んだ目で、赤いワインを見つめる。
怜。今お前は、どこで何をしている。血を吐くような激情を持て余し暴発させ、空の薬莢が硬い床で跳ねる。燃え盛る炎の中で、怜の目は最後まで狂おしく薫を見ていた。
真実は、撃ってみなければわからない。
そうして、怜は自分ですべてを壊さずにはいられなかったのだ。
江藤が大きな溜息をつく。
「ようは無理心中に東京を巻き込んだわけか、お前らは」
「高遠の掌の上で、俺たちは見事に踊った。踊らされているとわかっていながら、俺たちは転げ落ちるのを止められなかった。怜は俺のことは信じようとしてくれた。だが、自分自身を貶め、俺に信頼されるだけの価値がないと思いこみ、そこから抜け出すことができなかった」
「怜が佐木さんを殺すつもりじゃなかったってのはわかりましたが……。相当なトラウマでしょうね」
宮城の言葉に、薫は切なくなった。
どうすればよかったのだろう。ペンダントの場所を教えなければよかったのか。抗争の前に高遠を殺してしまうべきだったのか。何を言っても、今は空しいだけだ。
ずっと黙っていた田嶋が、ぽつりと言う。
「なるほど」
「お前は怒らないのか?」
薫が言うと、田嶋は眼鏡を押し上げ、冷静に答えた。
「なぜだ。最初から、東京は高遠とお前とが対決するために整えられた場所だった。今回はお前が得点を入れられた。それだけだ。僕がお前に期待しているのは、次に挑むための体力と気力だけだ」
「お前にはかなわんね」
江藤が愚痴のように言うと、田嶋は微笑んだ。
「江藤、お前もだ。全員が全力を尽くした。それは怜もそうなんだろう? ならば、今ここで誰かの責任を追及しても始まらない。僕が言えるのは、我々にとって、敗北は存在してはならないということだ。
勝負はまだ終わっていない。勝つまで、終わらない。
僕がお前たち全員の地位を預かる。逃げずに事態を収束させろ」
江藤が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「別に、やらないとか逃げるなんて言ってない。薫がアホなだけだ」
「そのアホに死なれたら困るのはお前だろ」
「うるせぇ。次にあの親子に踊らされたら、ヘリは飛ばないと思え」
黙って聞いていた宮城が、笑っていいのか迷うような、微妙な顔をした。
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