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第149話 蒲田にて(40)
スマホが鳴っている。
枕元に手を伸ばし、薄目でアラームを止めてスマホを放り出す。
薫は、まだ眠っている頭のまま、視界に入るものをぼんやり見ていた。
カーテンで和らげられた朝の光が、部屋の中へ穏やかに射し込んでいる。いつもの蒲田の部屋だ。ソファーの背もたれやサイドテーブルが、モノトーンの世界の中で一日の始まりを待っていた。
さっき、久しぶりに夢を見ていたな。
薫は夢という言葉に微笑んだ。
どんな夢だったのかは、思い出せない。ただ、誰かが隣にいて、屈託なく笑っていた。その目は逆光で見えなくても、相手の感情は伝わってくる。歓びが波のように身体を揺らしていた。
一緒に海を見に来たんだ。
わけもなく、薫はそう思った。広くて、視界を遮るもののない海を、一番大切な人と見に来たんだ。
冬は終わりに近づいている。春になったら、海を。怜と海を見に行けるだろうか。
無意識に手を伸ばす。あるべきところに、あるべき体はちゃんとあった。愛しい存在が定位置にあるのが当たり前になったことを、薫は体全体で感じとった。
何も考えずに怜を引き寄せ頭を抱えこむと、ほっと息を吐いて目をつぶる。
怜がもぞもぞ動き、温かい吐息を薫の胸に漏らした。
「かおるさん……起きた……?」
怜の声も、もったりしている。
「起きてない……」
ふやけたまま答えると、怜が微笑む気配がした。
「起きてるじゃん……」
ふにゃふにゃしたその声は、薫と同じぐらい眠そうだ。腕が気だるげにTシャツの中へ入り込んで、薫の腰にゆるりと巻き付く。
「怜……起きたか……?」
「ん~、起きてない」
「起きてるだろ……」
どうでもいい会話が心地よかった。眠っているのか起きているのか、考えているのかいないのか、何もかもが曖昧で、ぼんやりした時間。
「いまなんじ?」
甘えた声。
「知らん。今日は……ほんとに休みにしよう」
「いい考え」
怜の手が、するすると背中に回った。薫の肌を撫で回すのを楽しんでいる。腰の後ろの敏感なところに触れられると、薫の奥で欲がさざめき始める。
「薫さんてば」
反応して芯を持ち始めたモノに気づいて、怜がからかう。
「煽ったのはお前だろ?」
「まぁ……ね」
2人の体の間に、怜の手が忍び込んだ。ゆっくりと布の上からさすられると、思考より先に欲望が目覚める。数時間前も悦びに満たされていたくせに、新しい刺激が与えられると、あっけなく体は反応する。
苦笑しながら、薫は怜に覆いかぶさった。首筋に夕べ散らした赤い痕を、再び鮮やかにする作業は楽しい。
「まったく、こんなに挑発したがる奴だとはな……」
キスをしながらそう呟くと、怜が楽しそうな声をあげた。
「そういうのが好きなくせに」
確かに、と言いながら怜のTシャツを脱がせにかかったところで、薫のスマホが派手に震え、2人は同時に動きを止めた。
「……薫さん、スマホ鳴ってる」
「…………」
「薫さん~」
呻きながらスマホを取り、薫はしぶしぶメッセージを確認した。
「……屋島からメッセージだ。サイバーチームからも報告が入ってる。う~ん、かなり重要なやつだな。長文だからパソコンでちゃんと読んで対応を指示しないと」
「うぅ~、何時?」
時刻表示は朝8時を示していた。体感ではまだ6時ぐらいだったのに、夕べ遅く寝たせいで時間感覚が狂ったらしい。
「早くない?」
怜が言い終えると同時に、怜のスマホも震え出した。
「こっちにも来た。なにがなんでも叩き起こすっていう強い意志……」
「だな。仕方ない。仕事するぞ」
「わかった~」
溜息をつくと怜は起き上がり、のそのそとシャワールームへ入っていった。
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