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第151話 蒲田にて(42)

「えぇと……高遠は政治団体を使って日本全国から金を集めて、それを使って色々なものを仕入れている。そして、職人さんとかも雇って何かしているんだけど、とにかく場所がわからない……」 「まとめると、そういうことだな」  怜はコーヒーの最後の一口を飲みながら考え込んだ。 「職人さんを働かせて外に出さないようにしてるって、食料とかどうなってるんだろう。それに、みんな外部と連絡ができないって、そんなことある? 資材だって」 「早く見つけないと、死人が増えそうな雰囲気だな。高田と屋島からの報告は聞いたか?」 「え~と、一昨日のやつ?」 「そうだ。荷物がズレてる話」  近隣の県を通る物資と東京都に入る物資の量がズレているのは、かなり前からわかってはいたのだが、それを具体的に把握できるようになったのは怜が参入してからだ。  元々、東京都内の物流はきっちり統制されておらず、物資の全体的な量は把握しにくかった。中央線南を掌握したことで、薫たちはようやく、東京都に流れ込む量と実際に都内の復興事業で使われている量との差を細かく分析できるところまできたのだ。  大型車両をはじめとした実際の動きも手分けして監視しているのだが、一部が途中でいなくなる。高遠のシマに入った後をなんとか追跡しても、大きな倉庫などに車両ごと入られてしまってそれっきり。入った物はどこかに運ばれることもあるが、大部分は出てこない。 「分析はかなり進んでる。埼玉県側を監視している班と、中央線北で頑張ってくれてる班のおかげだ」  ノートパソコンに報告書のマップを出し、薫と怜はそれを並んで見つめた。 「埼玉県の……和光市?」 「そうだな。行方不明の荷物は、ここから東京都板橋区にかけて消えるケースが頻発している。俺と屋島は有楽町線が怪しいと睨んでるんだが」 「ゆうらくちょうせん?」  怜は聞き返した。鉄道は全然わからない。東京に来てから、走っている電車は見たことがない。鉄道を復活させるべく作業している人たちが工事を続けているのは知っているが、山手線の内側に入れない以上、かつての大動脈のような復帰は見込めなかった。  薫は苦笑しながら、ゆっくり説明した。 「昔、東京都の中枢部分には地下鉄がたくさん走っていたんだ。その一本が、有楽町線。この地下鉄は、永田町や桜田門……あ~、国会議事堂や警視庁といった、国の大事な施設の下を通っていた」 「すごく大事な線だったってこと?」 「ああ。高遠はもしかしたら、戦争で空いた『穴』を埋めているのかもしれない。あそこを復旧させるとすれば、人間は当然、使い捨てになる」 「つまり行方不明の人たちは、もう?」 「わからない。当時最新だった核のおかげで地下もズタズタだっていう話だし、噂では『穴』の直径は皇居の倍はあると聞いてる。そこを密かに復旧させるとなれば……ちまちま資材を運びこんだところでタカが知れてる。水道や電気だって壊滅しているしな」 「地下鉄を使ったとして、どうやってそこに資材を下ろしてるんだろ?」  薫はノートパソコンをいじり、地図を拡大した。 「それが今回のポイントなんだ。実は有楽町線は、埼玉県では地上を走っていて、東京都に入ったところで地下に潜る。おそらく奴はそこを使ってる」 「へぇ~、地下鉄なのに地上を走るの?」 「ああ。ここを改造して、地下トンネルとして使っている可能性が高い。あと少しで、奴のやっている全てを暴ける。怜……あと、少しだ」  薫の呟きに、怜は思わず薫の手を握った。  強い目で、薫はじっと地図を睨んでいる。 「……そのトンネルに入ることって、できないかな」  ぼそりと怜は呟いた。自分と薫との共通の宿敵。長く長く、自分たちは苦しめられてきた。そして今も、2人の親密な空間はまず「奴に知られない」ことを最優先として作られている。  思えば、薫と怜の人生は常に高遠と共にあった。  ずっと顔を合わせていないのに、2人は今も、高遠がどこにいるのかを考え、何をしているのかを想像し、昏い目でマップを見つめている。 「トンネルに入るのは危険すぎる」  しばらく考え込んでから、薫は言った。 「昔は、トンネルの入り口は上空からも見えたし、ただの地下鉄の入り口だった。だが今はトンネルを覆うようにスラムが形成されてる。高遠は自分が中央線北を取った時から計画していたのかもしれないな」  スラムのことは怜も知っていた。その地域は現在、中央線北の中でも一番実態がわからない場所になっている。違法建築がごちゃごちゃと立ち並び、それらは大体3階から4階建てになっている。崩落しないように建物と建物を密着させているせいで、小さな灰色のブロックをぴったり積んだように見える。  遠い昔、香港にあった九龍城みたいだと薫が言ったことがある。とにかくひどい地域で、内部を知らない人間が入ることはできない。よそ者への冷たい視線は、そのまま強固な警備システムとなっていた。  もちろん、薫は今までに偵察を送り込んだことがある。だが、ひとりは屋上から叩き落とされ、ひとりは二度と連絡がつかなかった。それ以上の危険は冒せず、薫は調査の中止を言い渡した。 「逆に、『穴』を見に行ったら?」  怜がそう言うと、薫は首を振った。 「衛星写真は定期的に分析にかけてるが、表立った変化はない。時々、冒険心か何かで入り込んだ連中を見かけることはあるし、『東京』にさえ居場所のない者が住み着いている所はある。それでも、組織的に形成された街のようなものは見当たらない。一応調査は進めているが、現時点ではまだ成果がないな。予算と人員が厳しいが、もっと増やさないと」  高遠は不気味に蠢き続けている。地下のトンネルを蛇のように這う奴の顔を想像して、怜は身震いした。自分たちを捕まえて殴っていた時の方がまだマシだったとさえ思える。  そういえば……。 「高遠って、三鷹にはいないのかな」 「どうだろうな」  薫はコーヒーマシンに行くと、もう一杯カップに注いで戻ってきた。 「アガリの報告を受けたりするために三鷹に来ることはあると思うが……普段はいないのかもしれない。IPアドレスの分析だと、一応三鷹から情報を発信していることになっているが」 「身代わりっていうか、え~と」 「影武者?」 「なんか、そういうのがいるのかな」 「可能性はあるな」  怜は沈んだ気分で椅子の背もたれに寄りかかった。  2ヶ月前に啖呵を切りに行った時に見た高遠を思い出す。あの時も言われてみれば、本人のもつ独特な覇気はなかったような気がする。自分が強くなったように思ったのは、所詮高遠の作戦の内で、自分はそもそも高遠と会ってさえいなかったのかもしれない。  気づきもしないで、無様に偽者相手にイキっていたわけか。  意気揚々と乗り込んだ自分に、いたたまれなくなった。無能のくせに、薫さんの計画に乗っただけのくせに、あんな態度をとって。高遠はきっと、陰で自分を嘲笑っている。今もずっと怜を見下している。  どこまでいっても、勝てない。目眩が始まった。呼吸がしにくい。息をしようとしても、うまく空気が入ってこない。  また言われる。また、ダメになる。また、失敗する。薫さんを失って、何もかも失って、よろけて倒れて──

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