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第162話 『東京』にて(7)
「みんな無事?!」
怜の声に、誰かが応じる。
「たろさんが手を怪我してます。あと、ショウさん車取りに行って戻ってない」
「これから南に避難する人、たろさん連れてってほしいんだけど」
「おれショウさん見に行ってきます」
怜はタブレットもスマホも持ってはいたが、自分の街の人間とは基本的に対面でやりとりしていた。顔色を見て、疲れているようならすぐに避難させる。まだ避難していないのは自警団のメンバーと志願者、それと、街と一緒に死にたいという一部の住民だ。
食堂を中心とした一帯はまだ焼かれていなかった。敵をあらかた排除し、住民は消火活動を手伝い始めている。自分たちの街をなんとか守り切ったという安堵感が漂っていて、怜は内心危機感を抱いていた。残っている住民へ避難の説得を続けているが、拒否している者もいて手こずっている。
おそらく、これからが本番だ。
気が緩んでしまった住民たちを南に避難させないと。自分たちがいない間に街を壊されるのは嫌かもしれないが、死ぬよりはマシだ。
タブレットで都内の状況を確認する。凄まじい勢いで東京都を北上した薫は、勢いを緩めず南下して中央線を越え、今は宮城、江藤と協力して敵に襲いかかっている最中だった。
薫さん、高遠が来るまでに絶対戻ってくる気だな。
尋常ではない速さで動いている薫は、いまや江藤のいる場所から数百メートル北にまで戻ってきていた。開きっぱなしにしてある通信回線では、慌ただしいやり取りが行われている。
高田の「バグってる」という言葉も、江藤の「倍速で動いてる」というセリフも、怜は一応聞いていた。敵のど真ん中を走り抜けるなんて、確かに頭がおかしいとしか思えない。
帰ってきてとは言ったけど、早く帰ってきてとは言ってないんだよな~。
高遠と3人で鉢合わせするのは避けたいという、怜の発言の一番肝心なところを無視して、薫はどうあっても自分の手で高遠の頭をブチ抜く気まんまんだ。
しかたない。本気の薫を見ていると、怜は止める気になれなかった。それより、こっちも忙しい。蒲田に本隊が来るまでに自衛軍と警察の配置も見直して、消火態勢も……。
衝撃の報告が飛び込んできたのは、そうした考え事をしている時だった。
『戦車です! 24式戦車2台が、国道1号線戸越付近を南下中! 他にも新たな車両が、え~、31、32、まだ来ます』
「えっ! 戦車?!」
怜が大声で聞き返すと、周囲の動きが止まった。
「戦車?!」
隣に来ていた竹田の顔が強張る。通信を聞いている警察や自衛軍の連中もざわつき始めた。
戦車だって、というざわめきがどんどん広がっていく。全員が青ざめ、手を止めて視線を北に向ける。
「どういうこと?」
怜は通話の向こうにいる偵察部隊の者に声をかけた。
『どうもこうも、戦車ですよ。北の方から走ってきて50キロぐらいのスピードで目の前を通りすぎていきました。一緒の車もすげぇいっぱい。ヤバイっすよあんなん』
50キロの速度で戸越? ここに来るまでそんなに時間がない。もうあと20分? いや多分もっとすぐだ。
「どこから来たの?」
『わかんないっす。なんか不気味な音すんなと思ってたら、道路をゴンゴン走っていきました』
地下鉄は幅が合わなかったのか。おそらく、本拠地は少し遠いのだと怜は考えた。移動を見られたくなかった、だから派手な攻撃を3方向に展開したのだ。間違いなく、その戦車が本命だ。
考えているうちに、住民が続々と集まってきていた。一様に不安な顔をしている。怜は努めて落ち着いた声で呼びかけた。
「戦車が2台、国道1号線をこっちに向かってる。ここに着くまで、もうあまり時間がない。みんな逃げた方がいい」
「自衛軍に言って、こっちも何か出せないんですか」
「今から自衛軍と話し合うから。出せるものは全部出すけど、まずとにかく、人間がチョロチョロいない方がいい。全員、今すぐ退避! 沢城、チーム組んで全員の点呼と組み分けをお願い。竹田さんは車両とルートの確保を自衛軍、警察と協議」
問答無用で宣言すると、怜はその場で直通回線を開き、自衛軍との協議を始めた。
「戦車が来たっていう報告は、そっちにも入ってますか?」
『来てる。対戦車ミサイルがあるが、民間人が多い市街地では、かなり難しい』
「戦車は?」
『報告と同時に出動をかけたが、現着には時間がかかる。今回は機動力が最優先だったから、軽めの車両しか来てないんだ。対戦車小隊はすぐに配置可能だが』
「2個小銃小隊を食堂周辺に配置、1個対戦車小隊を食堂の正面に寄越して頂けますか?」
『了解した』
街中が慌ただしくなる。怜は隣で通話中の竹田に身を寄せ、小声で話しかけた。
「ばあちゃん大丈夫かな」
「大丈夫だ。最初に仲間が南へ連れ出したという連絡が来ている。安心しろ」
それを聞くと、怜はホッとした。小さく息を吐き、食堂の引き戸を開ける。
そういえば、江藤さんが壊した戸はちゃんと直してもらったんだっけ。
妙に懐かしい気分で食堂を見渡す。電気が消えた内部は暗かったが、外は明るく、がらんとした空間はよく見えた。自分の居場所を見つめて、怜は様々なことを思う。
ここはみんなで作り上げた場所だ。奴が自分を目指してくるなら、自分はここにいない方がいいかもしれない。……いや、意味はないだろう。怜の精神を削るために、高遠はここを破壊する。自分さえいなければという考え方は無駄だということを、怜はもう学んだ。
どうすれば、すべてを守れるのだろう。
直通回線を開くと、返事はすぐに返ってきた。
『怜? そっちの状況は?』
「薫さん。戦車が2台、こっちに向かって国道1号線を南下中」
『戦車?!』
薫の後ろで爆発音が起こった。薫さんも死にもの狂いだ。オレは……今から何ができるだろう?
「あいつは、この街を踏みつぶすつもりだ。オレは逃げるつもりはない。薫さん、あなたはいつでも、オレのそばにいる」
それだけ言うと、怜は通話を切った。最後に薫の声を聞いていたい。でも、最後なんて本当は嫌だ。最後にしたくないなら、薫の声を聞いている暇はない。
もう一度。もう一度だ。心が挫けても、それで終わりにしないことが大事なんだ。
薫さんが来る前に決着をつけてやる。
怜は拳をぎゅっと握り、唇を引き結ぶと食堂の引き戸を開けた。
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