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第163話 『東京』にて(8)
「怜さん!」
沢城の声が響くと同時に、北で爆発音が上がった。
「避難が間に合わない。みんな逃げたくないって言いだしてて」
「対戦車ミサイルを撃つことになるかも。みんなのお店は壊れるけど、生きていればやりなおせる。戦場から民間人は出たほうがいい! 全員退避!」
怜は腹の底から怒鳴った。今ここでセンチメンタルな御託を並べている時間はない。
食堂の横に停めてあった自分の小さな車へ歩み寄り、中から発煙筒を持ち出す。食堂の前へ戻ってくると、怜は仁王立ちのまま、発煙筒に火をつけた。
「全員、よく聞いて!」
動き回っていた人々が止まる。地響きを立てて爆発音がもう一度。だが怜は動じなかった。
「ここにオレがいる限り、戦車は攻撃してこない。いい? 連中の狙いはオレだ。高遠は必ず、オレに偉そうなマウントを取りに来る。顔を見せて一発演説をぶたずにいられないクソ野郎だ。
オレは絶対にここから動かない。だからここは絶対に燃えない。すべてが終わったら、みんな必ずここに戻ってきて」
断固とした口調の怜に、住民たちは聞き入っていた。
「街を作るのは人だ。弱い人たちだ。人が集まって街ができる。もしここを壊されたって、人が集まれば街はできる。街にオレたちが集まるんじゃない。オレたちがいる場所が街なんだ。それを忘れないで!」
赤い光に照らされて、怜はギラギラした目でひとりひとりの目を見据えた。怜の目を見返して、ある者はうなずき、ある者は泣きそうな顔になる。
決意をこめて、みんなが動き始めた。手近な車に乗れるだけ乗り込み、いっぱいになった順に南へ出発していく。
「怜さんが、ひとりになっちゃう」
一番泣きそうな顔をしているのは、沢城だった。
「おれ残っても……」
「ダメ。お前が残ってどうするの。戻ってきた時に、お前がいないと店が回らない」
厳粛な言葉に、沢城の顔が歪む。
「そんなこと言って……怜さんが死んだら終わりじゃないすか」
「オレは死ぬつもりない」
唇を引き結んだ怜に、沢城はすがりそうな目をした。怜は動かなかった。仁王立ちのまま、北を見据え続ける。
「行って。オレはここにいる」
以前のような弱い部分は微塵も見せず、背筋を伸ばした怜に、沢城は従う他なかった。
「怜さん、ほんとに、ほんとに死なないでくださいよ。お願いだから」
そう言うと、沢城は怜の隣にいる竹田をちらりと見た。竹田は最初から怜の副官として防弾ジャケットを着用し、アサルトライフルを持っている。銃も腰に装備していて、丸腰の沢城とは対照的だ。
そんな竹田にうらやましそうな顔をすると、沢城は「よろしくお願いします」と頭を下げた。そのまま背を向け、やってきた車に乗り込む。
住民が去っていく道に、ひときわ大きな爆発音が轟く。
「怜さん」
「行け!」
顔を向けずに怒鳴った怜に、沢城は諦めて窓を閉めた。車は南へ脱出していった。
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