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第176話 蒲田にて(44)

 怜の退院祝いは食堂で行われた。戦闘後の打ち上げも兼ねてはいるが、住処を焼かれたり破壊されたりした人が多いので、本当にささやかなものだ。軍は軍で、警察は警察で集まるとのことで、集まったのは地域の人々や、薫と怜の親しい人たちだった。  特別な料理があるわけでもなく、いつも食堂で作っている物を多めに作って、お客も普段どおりに出入りする状態だ。ご飯を食べたい人は誰でも来ていいというのが、唯一、怜の率いる食堂らしいところだった。  ビールやチューハイを分け合って乾杯し、肉じゃがと唐揚げを食べ、おにぎりを頬張る。ゆで卵をたくさん食べてもいいので、みんな喜んでいた。出入りしている外の人たちがスナック菓子やサンドイッチを差し入れしてくれたし、野菜の買い出しに行った従業員が旨い肉を調達してきたりしたので、パーティーは音楽がなくても盛り上がった。  怜は最初、皆にもみくちゃにされて忙しかったのだが、やがて一段落すると、隅に座っている薫のところに戻ってきた。小上がりの一角には、薫と江藤、それに高田と宮城と竹田がいる。屋島は例によって姿を現さず、外で警備にいそしんでいた。 「おつかれさまです」  怜の声に、高田がグラスを上げる。 「頭はまともになったか?」 「高田さん、言い方……」  宮城が高田につっこむのを聞きながら、怜はにこにこ笑う。 「かなり良くなりました。まだ定期的に検査はしてもらわないとだけど、今のところ後遺症の気配はないですね。内蔵と肋骨が治りきってなくて、あんまり動き回れないから、まぁ引き続き安静にってことで」  よっこいしょと薫の横に座り込んだ怜に、竹田が唐揚げを置いてやる。 「お前、さっきから何も食べてないだろ」 「ありがとうございます」 「それと、おしぼり」  かいがいしく竹田が何か用意するたびに薫の顔が不機嫌になっていくのに、怜は気づいた。 「薫さん、なんでこんな一番隅っこの身動きとれないとこに座ってんの?」  薫の向こう隣にいた江藤が、笑いをこらえている。 「こいつ、お前に放っておかれて拗ねてんだよ。全員が怜に馴れ馴れしすぎるって。絶対にお前の邪魔をするだろうってんで、俺ら全員でこいつを連行して隅に押し込んだもんだから、余計拗ねてる」 「拗ねてない」  明らかに拗ねている声に、怜は噴き出した。 「何? オレ薫さんの膝の上で皆に挨拶するのは嫌なんだけど」 「そんなことしない。沢城の野郎が」 「沢城はすごく頑張ったの。食堂に戦車が来たときも、オレと一緒に残るって言い張って」 「あいつ絶対、お前に気があるだろ。前から思ってたが、べたべたしすぎだ」 「そんなことないって。皆と同じだよ。……薫さん、あんまり子供っぽい態度取ると、食堂出入り禁止にするからね?」  爆笑する江藤を横目で睨んで、薫はポテトサラダを箸で食べ始めた。 「かぼちゃの煮物が来ましたけど、頼んだの誰です?」 「俺」  竹田から小鉢を受け取り、江藤は怜に向かってニヤリと笑った。怜の最初の仕事を、江藤はちゃんと覚えている。 「……お世話になりました」  怜が言うと、江藤はひょいと箸を振った。 「まぁ気にすんな。このかぼちゃ美味いな」 「オレ以外は皆料理が上手なんです」  薫が微笑む。 「お前の飯はこの先もずっと俺が作るんだから、別にかまわん」 「うわお前、ここでそういう話すんな。怜の身にもなってやれよ」  江藤が顔をしかめるのも気にせず、薫は怜の唐揚げに箸をのばした。高田が茶化すように言う。 「そういや、これからは2人で住むんだろ? どこか決まってるのか?」 「ん~、そうだな……」 「オレはどこでもいいけど、この上はお風呂ないですよ。簡易シャワーを共同で使ってるだけ」 「風呂ないのか?!」 「おにぎりケンタの横に借りに行きます」 「なんだその、おにぎりケンタって」 「あぁ、昔ケンタだったとこでフライドチキン屋始めた人がいるんですけど、その友だちが店の一角を借りておにぎり屋を始めたんです。でもフライドチキン屋の方が親戚を頼って栃木に行っちゃって、おにぎり屋だけ残った。で、偶然、店主の名前もケンタだったから」 「へ~え」 「フライドチキン屋を引き継いだ人がいて、今も店が2軒同居してるんですけど、皆おにぎりケンタって呼んでる。隣のアパートを共同宿泊所にして、おにぎりケンタは集会所も兼ねてるんです。なにせ入口に薄汚れたおじいちゃんが立ってるから見つけやすい」  戦闘中に指示を飛ばしていた怜を思い出して、薫はしみじみと言った。 「お前は本当に、良くやったなぁ」 「そう? 全員がちゃんと動いたから、うまくいっただけでしょ。オレはそんなに色々言ってないし。おまけに、蒲田に戻るなっていうオレの指示をガン無視した誰かさんのおかげで、ヒヤヒヤだったんだけど」  薫以外、その場の全員が笑いをこらえる顔になった。 「確かに、ひとりバグってる奴いたな」 「いたいた」 「いましたね。ケツに撃ち込まれるんじゃないかって焦ったな~」  ぶすっとした顔の薫に笑いかけると、怜はその肩に寄りかかる。 「ま、そのおかげで全員生き残れたんだけど。……おつかれさま」  怜の声に、薫は少し機嫌を戻したようだ。ビールを喉に流し込み、薫は呟くように言った。 「俺の動きに即座に対応してくれた全員に礼を言うさ。我儘に付き合ってもらって感謝してる。優秀なメンバーに恵まれたよ俺は」  優しい沈黙の中、江藤たちは無言でグラスを掲げた。お互いをねぎらう乾杯を交わし、ほっと溜息をつく。  長い闘いはようやく終わったのだという感慨が場に流れ、江藤はかぼちゃを口に放り込んだ。

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