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第177話 蒲田にて(45)

「それにしても……こんだけハチャメチャな2人を監禁して自分の思い通りに動かすことを諦めていなかったんだから、奴も大概ハチャメチャだったよな」 「え、あいつ薫さんの生け捕りも狙ってたんですか?」  怜が江藤に訊くと、竹田が答えた。 「お前そういや報告聞いてないのか? 自分がどこにいたのかとか」 「聞いてないですね。……か~お~る~さん?」 「入院中のお前に余計な考え事をさせたくなかっただけだ」 「まったく……必要な報告を止めないでよ。竹田さん、すみませんでした」 「別にかまわないけど」  竹田は追加の唐揚げを受け取ると、チューハイを飲んだ。 「お前がいた場所は、池袋のサンシャインシティ60だった。連中は地下駐車場から地下鉄駅までを強引に繋いで、さらに地上数階分を改造してた。内側に複合素材で壁を作って放射線を遮断して、細かく仕切って居住空間を作ってた」 「ふ~ん」 「高遠の居住空間は60ビルの4、5階部分と、隣のホテル内に作られてた。連中は、あの複合施設全体を自分たちの統治機関として利用する計画だったらしい。かなりの資材やコンピューター関連の機材、それにデスクとかのオフィス用品が運び込まれてたし、一部は実際に改装中だったんだ。  働いてた人たちは、なんていうか新興宗教みたいなノリで洗脳されてて、おまけに細かく班分けされて、ひとりでも外部と連絡をとろうとしたり脱走しようとしたりすれば、同じ班の連中が連帯責任で全員罰せられるっていう仕組みだったみたいだ。  なんかな~、仲間内で割とヤバイことをしてた気配があるんで、その辺は捜査待ちだ」  竹田の報告を、宮城が引き継ぐ。 「今のところ例のビルで見つかったのは400人程度だ。高遠の思想に共感して全国から集まった会員と、改築や運営に必要なスキルを持っていて、最初は雇われる形で集められた人たち。片っ端から身元確認と事情聴取やってるが……終わる気配が全然ない。さらにそのヤバイことに関連して、近くの地面の下から、あ~、これはここで話すことじゃないから後で」  宮城のうんざりした声に、怜は色々察した顔になった。 「了解です」 「で、施設の中の一角に、まぁマトモじゃないとこがあって。佐木さんから話します?」 「そうだな」  さっきから話したそうにしていた薫が、ビール片手にしゃべりだす。 「あの野郎、自分の居住空間の横に、とんでもないもの作ってたんだ」 「とんでもないって?」 「ベッドとキッチン、トイレに風呂まである檻が2つ並んでた。あいつ本人の居住空間の隣だぞ。間の壁はリモコンで操作できる。壁を収納して鉄格子にもできるし、マジックミラーにもできるっていう変態チックなギミックがついてた。更に2つの檻の間も、高遠が操作すれば鉄格子を上げ下げできる」 「……動物園?」 「ぽいな。どう考えても、そこに入れる野生動物を調達しようとして返り討ちにあったように見える」 「自分で野生動物って言っちゃう?」 「少なくとも、俺は毎日苦労せずに餌をもらって、ぬくぬく昼寝だけしてる存在じゃない」 「なんでもいいけど、ほんとに気持ち悪いこと考えてたんだ」  薫は逆に、怜に聞いてみた。 「あいつ何か言ってたか?」 「ん~、オレに本当は自分の跡を継いでほしかったみたい」 「は? あれだけお前をいじめておいてか?」 「うん。オレが『東京』を統一したのは、あいつに差し出すためだったっていうドラマチック動画を撮ろうとしてたし」 「なんだそれ」 「わかんないけど、あいつにとって都合がいい親子関係を作るために、色々計画してはいたんじゃないかな。要はオレも薫さんも捕まえて檻で飼いたかったんだ……」  色々と思い出している顔で、怜は唐揚げに箸をぶっすり刺した。 「ほんっとに気持ち悪い。あいつの部屋に行った時、壁は普通に見えたけど、全然そんなことなかったんだな~」  もぐもぐ唐揚げを食べると、怜はぼんやりと食堂を見渡す。 「まぁ……いいか。もう死んだんだし」  実の父親に対して、怜はそれしか言わなかった。一度も親子関係のなかった相手に、怜は自分なりに決着をつけたのだろう。薫にはなんとなくわかった。 「で? 俺のホテルの方に住むか?」  話題を変えてやると、怜はふんわり笑って薫の顔を覗きこんだ。 「お風呂ないとこ、薫さんが耐えられないでしょ? そっちに行くけど、でもこっちも本拠地として残しておきたい。しばらくは行ったり来たりかな~。この建物の上をアパートとして再整備するのもいいかもね」  楽しい計画を考えるのは、いいことだ。薫は怜と見つめ合って微笑む。 「怜さん~。ねぇちょっと~」  沢城の声に、怜はぱっと顔を上げて立ち上がる。 「は~い」 「おい……」  肩透かしを食った薫が再びむくれるのを見ながら、江藤が呟く。 「まぁ……なんだ。薫。お前が安心できる場所が見つかったってのは、大きいのかもな」 「そうだな。あいつに会えて、よかった。一緒に生きのびられて……」  江藤に肩を叩かれながら、薫はじっと怜を見つめる。  楽しそうに食堂の従業員と話す怜は、誰よりも華やかに人目を惹きつける。小柄で均整のとれた体は軽やかに動き回り、人と話す時の目は理知的で、海に射し込む日の光のように輝いている。  最初に怜に会ってから、俺たちは変わった。  自分を偽る必要も、押さえつける必要もなくなり、存在を否定される恐怖も、大切な者を失う恐怖も乗り越えた怜は、指先まで伸びやかに動く。  怜のおかげで、俺も気を張らなくなったな。  それ以外に自分の中で何が変わったのだろう。自分ではあまり自覚はないけれど、薫はのんびりした気分でビールを煽っていた。

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