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第179話★蒲田にて(47)
「疲れたか?」
「ちょっとね」
お風呂の中って、どうしてこんなに眠くなるんだろう。
怜は、自分の指先をいじる薫の手を眺めながら、そう思った。打ち上げで皆とたくさん話して盛り上がったのはいいが、考えたら退院したばかりだ。疲れたと言われれば、そうかもしれない。
でも、それだけじゃない。温かいお湯の中で薫に包み込まれると、リラックスしすぎてしまう。脳が仕事を放り出して、小さな部屋に閉じこもってしまう。それは悪いことじゃなくて、ずっと働き続けた脳が、猫みたいに丸まって眠るようなものだと怜は感じた。
「薫さんは?」
「俺? 俺は特に何もしてないからな。座って飲み食いしてただけだ」
うなじに唇を寄せられて、怜は目をつぶった。触れられた場所に、夜の静かな波のような心地良さが生まれる。ちゃぷんという小さな水音を聞きながら、怜はうつらうつらし始めた。
「怜?」
夢と現実のあわいにいると、囁きは柔らかな絹のように聞こえる。肌を軽やかに撫で、すっぽりと包み込み、さらりとしているのに温かい。
前に、薫さんと夜の海を見に行ったな。
あの時はまだ、薫さんともう再会してるって知らなかったけど、木島さんの顔でも薫さんは優しかった。毛布でくるんで抱き締めて、オレの告白をちゃんと聞いてくれた。
真実の言葉は、たとえ人の見かけが違っても変わらない。薫はずっと怜の本質を愛してくれた。正体を隠していても、薫は『お前には価値がある』とはっきり怜に言ってくれた。最愛の人を撃ったにもかかわらず、怜の存在すべてを肯定してくれた。
『東京』が本来は怜のものだという言葉よりも、『お前には価値がある』という言葉の方が、今の怜には大切に思える。
思い出の中をたゆたう怜の脳にかまわず、薫はいつの間にか怜を抱き運んで体を拭いていた。そのままスキンケアをしてドライヤーで髪を乾かしてくれる。
かいがいしく怜の身の周りのことをする薫は、楽しそうだった。
「……たのしそう」
半分寝ながら呟く。鏡の奥で、薫が笑う。
「実際楽しいからな」
「プリン食べてもいい?」
「もう歯を磨いたんだから、今日はおしまい」
小さい子どもに言い聞かせるような言い方に、怜はほほえむ。
「けち~」
「今日はさんざん飲み食いしたろ? プリンはまた明日」
「は~い」
他愛ない会話。2人だけの空間は、お互いに見栄をはることも、緊張することもない。
薫は怜をバスタオルに包み込み、横抱きでベッドまで運んでくれた。
「ほら、パジャマ着るぞ」
「え~? 着るの?」
「疲れてるんだろ?」
「パジャマなんか着ない~」
「風邪ひくだろ」
「やだ~。薫さんとえっちする」
「半分寝てるくせに、何言ってるんだ」
確かに眠いのに、怜は寝てしまうのがもったいない気がした。
靄がかかった脳のまま、薫のパジャマの襟をゆっくり引き寄せる。薫は特に抵抗しなかった。互いの唇が重なり、ちゅ、という軽い音がする。
「ん~、かおるさんだいすき」
「俺もだ。ほら、奥行け」
体の下に腕が差し込まれ、怜の体はダブルベッドの右側へ移動させられる。薫は左側へ上がると怜を抱き寄せ、包み込んで髪にくちづけた。
「……ねぇ~、薫さんシよ~よ~」
「昨日まで病院にいた奴が何言ってるんだ。肋骨にも内蔵にも脳にも負担がかかる」
「でも薫さんも溜まってるでしょ」
「溜まってるが、今日はだめだ」
退院するまで、なんだかんだ10日かかった。その間怜に負担をかけないために、薫は怜に一切何もしなかった。正直なところ怜の体も我慢の限界だ。
薫の首元に顔を埋めて、怜は頬を薫の肌にすりつけた。清潔な香りを吸い込み、喉や鎖骨、ところかまわず口づける。薫が吐息を漏らすのを聞きながら手を差し込み、薫の芯をまさぐる。
「だめだって……」
「でも、こんなになってる」
あっという間に硬さを増していくモノを軽くしごくと、薫は諦めたように溜息をついた。
「しょうがない。ゆっくりやるけど、どこか痛いところがあったらすぐ言えよ?」
「うん」
嬉しさが顔に出ていたらしい。薫はパジャマを脱いで床に放り投げると、くすりと笑って怜にキスを落とした。それはすぐに深くなる。喉を鳴らして互いの舌を味わうと、眠気の中に欲望が泡立ち始める。
薫の葛藤に、怜は痺れるような幸せを感じた。無理をさせたくない、でも抱きたい。ゆっくりしないと、でも貪りたい。深く激しくなるかと思えば、初めてのように覚束ない動きになる舌の動きは、手に取るように薫の心の内を伝えてきていた。
両手で薫の頬を包みこみ、自分から薫を引き入れる。この人は、ずっと一途だったんだ。捨てられるかも、なんて疑ったこと自体が裏切りだった。オレは役立たずだって? もし高遠にもっとひどいことをされて、一生座っているだけになったとしても、薫さんはオレの価値を疑いさえしない。
不意に、涙があふれた。それは目尻を伝い、枕に染み込んでいく。
「痛いのか?」
焦った声を出した薫を、怜は強引に抱き締めた。
「ごめんなさい……ごめん……」
「やっぱり止めておこう。な? お前が治ったら、いつでもできる」
「違うの。そうじゃない。オレ……オレは薫さんにひどいことした。薫さんに捨てられるかもって、薫さんを失うかもなんて、疑って、撃って……」
優しい目になった薫は、怜のこめかみに唇を寄せて、涙を味わった。
「気に病むことはない。今思えば、俺はあの時、心のどこかでホッとしていた」
「なん……で」
「お前も、俺を想ってくれていると実感したからだ。仲が終わることにお前が絶望したということは、終わって欲しくないとお前が思ったということだ。もう一度やり直すために、俺は生かされた。
それに……」
薫の目がいたずらっぽく光る。
「どうせ最初から、お前には心臓を撃ち抜かれてたんだし。一目惚れって信じるか?」
「人が真面目に言ってるのに、茶化す?」
「茶化してない。最初にお前の目を見た時から惚れてたし、お前が見えない日はずっとイライラしてた」
「見えないって、書庫の奥に閉じこもってたくせに」
「そりゃ、気を紛らわせるのに、恋愛物を読んでは放り出してたからに決まってるだろ」
「考え事したくないから本を読んでるって、ほんとだったんだ」
薫は返事をせず、怜の目と言わず、頬と言わず、至るところにキスし始めた。しばらく唇にとどまり、それは顎から首筋、そして鎖骨へと降りていく。
気持ちよさと幸福感の中を漂いながら、怜は薫の髪に指を入れ、うなじや耳の縁を愛撫した。薫の喉が鳴り、その振動が肌に返ってくる。与える快感が与えられる快感になり、感覚が混ざりあい溶けていく。
胸の突起を吸われて頭を反らす。温かい吐息を漏らせば、欲望の芯が薫の手に包まれる。
少し刺激されただけで、お預けされていた体は我慢がきかなくなった。
薫さんが欲しい。欲しくてたまらない。自分も手を伸ばして薫の欲望を煽る。呻き声とともに、明らかに薫の愛撫が止まりがちになる。薫を悦ばせるのが楽しくなって、怜は自分から煽り始めた。
太いシャフトを、手の平の皮膚で味わう。包み込んでゆっくり上下させ、先端を親指でなぞる。とろりと零れだした露を使い、温かい丸みをぬるぬるとこする。
「怜……そ、れ……」
「きもちいい?」
「あ、ああ……」
眉間に皺を寄せて、薫は耐えていた。その体をゆっくりと押し上げ、あおむけにさせる。怜は自分から薫の上に乗り、反応を見ながら愛撫を楽しむ。
「怜、やめ」
「ん~ん、だめ~」
必死な薫の顔を視界の隅に入れたまま、先端から段差にかけて丁寧にしごく。誰かに奉仕するなんて、以前は嫌だったのに、薫になら何でもしたい。
薫の一部であるそれを、怜はしげしげ眺めた。ずっと怜のために封じられていたものは、今や硬く反り返っている。刺激的な段差を人差し指でなぞり、液体のあふれる割れ目を見つめる。
考えるより先に、怜はその先端を舐めていた。薫が喉に引っかかったような声を上げる。それを聞きながら、舌で露を舐めとって味わう。
「……おいし」
「おい……無理、しなくて」
薫が全部言う前に、怜はすっぽりと薫を呑み込んだ。顔の横で薫の太腿が跳ねる。
「やめ、や、うぁ」
薫さん、すごく気持ちよさそう。奥まで使って太い竿を包み、舌で雁首の段差をこね回す。頭を動かして全体をしごきながら、喉奥で先端を絞る。
耳に触れられ、怜は上目遣いで薫を見た。朦朧とした顔のまま、薫は手で怜の頭を包み、身を起こして自分のペニスが怜に咥えられるのを見ている。
「ん……」
ちゅく、と音を立てると、薫は呻いた。
見てくれてる。オレが薫さんを悦ばせてる。ねぇ見て。オレが嬉しそうに薫さんをしゃぶるの、見てて。
音を立てて、怜は頭を上下させた。自分の喉が性器になり、脳がペニスに犯される。頭の上で響く喘ぎ声を聞きながら、怜はじゅぶじゅぶと喉で薫のペニスをしごき、ぴくりと震える亀頭をしゃぶる。
自分のペニスに全く触れていないのに、それはだらだらと体液を零し、薫の脚を濡らしている。
あぁ……きもちい。
薫は浅い息をしながら、怜の髪をまさぐり、耳を愛撫し、頬を撫でている。快感のモヤがかかった目のまま、本能で怜に触れているのだ。
怜も、自分がセックスのための生き物になっているのをぼんやりと感じ取った。考えることもなく、ただ本能だけで頭の角度を変え、しゃぶる口元が薫からよく見えるようにする。ごつごつした輪郭を喉奥で覚え、きゅうっと締めては蜜を飲み込む。
「う……ダメ だ」
薫の太腿が震え出した。怜はかまわず、自分のペニスをこすりつけ、腰を揺する。薫を深く咥えこんだまま、頭と腰を一緒に動かす。
ぎゅっと頭を掴まれ、引き抜かれそうになったが、怜はさらに深く頭を沈めた。薫の亀頭が硬く膨らむ。
「んっ」
一瞬の硬直の後、熱い精液が怜の喉を勢いよく打った。どろりと濃い白濁が怜の息を詰まらせる。むせるような男の匂いを一杯に吸い込み、怜はむせ込み、えずきながら、薫の精を飲み込んだ。
ごくりと喉が鳴る。
「怜、あぅ」
精を吐いた直後の亀頭をさらに舐められ、薫は悶絶するように体を震わせた。荒い息のまま、怜の髪を梳く。
「吐き……出せ」
茫然と呟きながら、薫がティッシュに手を伸ばす。その仕草で我に返ったのか、乱暴に思えるほど必死な手つきで、薫は怜の顔を拭き出した。
「溜まってたんだぞ、ひどい味だろ」
「え? 薫さんの味だった」
「お前な……」
顔を近づけ、薫は愛おしそうに怜に口づける。互いの舌でゆっくりと精液の苦味をこね回し、唾液と一緒に飲み込みながら、怜はもう一度薫のペニスを手で包んだ。
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