般若は自室へ戻り、未開封のお菓子の箱を開けてみた。 　ポッキーという名のお菓子は、ちふゆから貰ったものだ。 　あのヒヨコ頭の青年は、この高級遊郭になんとこの安っぽい菓子を五箱も持ち込んだのだという。 　オレの分と、青藍の分と、梓の分と、あとは予備。 　指折りでそう言った彼は、 「性悪にもやるよ」 　と、般若にもひと箱くれたのだった。 　中袋を開けると、チョコレートの香りが漂ってくる。 　般若は生まれたときから家が借金まみれで、このような菓子を口にする機会はなかったし、コンビニで買い食いするような小遣いもなかったため菓子売り場には近づいたことがなかった。 　パッケージを撫でながら、こういうものがポピュラーなのだな、と般若はしみじみと思った。 　ちふゆ、という青年は非日常のこの場所に、日常を当たり前のように運んでくる。彼のそういうところを、青藍はいとおしく感じているのだろう。　　　　 　般若は一本をつまみ出して、パキ、と齧ってみる。 　甘い。 　安っぽいが、悪くはない味だ。 　初めてのポッキーを一本食べ終えると、般若は二本目に手を伸ばした。 　……と、その時怪士(あやかし)面の巨躯の男が、軽く背を丸めてドアをくぐってくるのが見えた。 「ただいま戻りました」 　几帳面にそう挨拶を寄越してきた男は、今日は楼主の付き添いで外へ出ていたため、黒いスーツ姿をしている。 　般若は帰ったばかりの男を、指先で呼んだ。 「怪士」 　従順に近寄ってきた男へと、般若は親指と人差し指で摘まんだポッキーを軽く振って見せた。 　怪士面を外し、卓上へと置いた男が精悍な顔つきを軽くゆるめる。 「ポッキーですか、珍しいですね」 「ちーちゃんに貰ったんだよ」 「音羽さまに……」 　なるほど、と怪士が頷いた。 　淫花廓にポッキーというあり得ない組み合わせも、ちふゆが原因ならあり得るのだとこの男にも認識されていることが、般若には少し可笑しく思えて、唇が自然と笑みの形になる。