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ep.6

 駅前のコーヒーショップに入り、人の少ないテラス席で二人は腰を下ろした。 「この間までピンク頭だったのに、今日はもうアッシュグリーンなんだね。紫陽花みたいな子だな」  花瀬はコロコロと変わる髪色の紫葵をまじまじと改めて眺めた。 「紫陽花? カメレオンならよく言われるけど……なんか表現がおじいちゃんみたい……」 「おじ……っ、おい! 若い二人して俺のHPを減らすのはやめろっ」 ──俺だってまだそんなおじさんじゃないのに、と花瀬は心の中で咽び泣いた。 「痴話喧嘩に俺を巻き込まないでよ」 「別に、本当にあいつとは付き合ってないもん」 「でも勘違いさせるようなことはしたんじゃないの?」  気まずそうに紫葵は花瀬から視線を逸らし、カフェラテを口に運ぶ。 「だからちゃんと話しあえって言ったのに。同じ学校の子ならいやでもすぐに会うんだから」 「話したよ! 好きって言われて、でも俺は好きじゃないから無理って」 「……なかなかにストレート過ぎて……若干あの子に同情するな」  花瀬は渋い顔をしてコーヒーを一口啜った。 「恋人ができるまでならいいだろって言われて……でも、俺、友達とセフレになるのとかやだし。自分が好きな人とだけ一緒にいたいって思うのが普通でしょ?」  青過ぎる言葉の羅列に花瀬の胸がチクチクと痛んだ。それでもそれに近い感情を自分も誰かに抱いたのも確かだ──。 「俺は、どちらかというとあっちの彼側だからな。彼だって君が好きだから一緒にいたいんだし、それは君の言ってることと同じなんじゃないの?」  紫葵は唇を噛んで一瞬黙って俯いた。 「それでも俺は、龍樹とは友達以上の関係になるのは無理……」 「わかってても好きなのはやめられない。受け入れなくてもいいから、理解くらいはしてあげなよ」  花瀬はまるでいつかの自分を擁護している気分になってやるせなかったが、似ているからこそ紫葵を想う彼をぞんざいに扱うことが出来ない。  優しい大人の声色と笑顔で花瀬は諭すが、紫葵はキッと目を吊り上げて正面からこちらを見た。久しぶりに見たその大きな瞳に花瀬は思わずドキリとする。 「言ったな」 「な、なにが?」  花瀬は紫葵がどのことを言っているのか理解できずにやや動揺しながら眉根を寄せた。 「好きでいること、理解してくれるんだよな?」  ゼロ距離に近いくらい紫葵は花瀬の顔に近付く。 「誰の話……?」 「俺、アンタのことが好き」 「へっ?!」  花瀬は手から滑り落ちそうになったコーヒーカップを慌ててテーブルに置いて事なきを得る。 「好き……って俺のことが? な、なんで?」 「わかんない。けど好きなの。あの日からずっと頭の中からアンタが出ていかない。怖いし嫌いって思ったのにアンタが真剣に謝りになんか来たから、簡単にときめいた。他の人としたら忘れるのかなって思ってしたら余計思い出しちゃって……誰としてもあんなに気持ちよくなんない、好きになんない。自分でも全然わかんない」  花瀬は紫葵の衝矢継ぎ早に飛び出す撃的激白の数々に、頭を鷲掴みされ振り回されているような気分になった。 「初めてだったから……脳が勘違いしてるんだよ、吊り橋効果っていうか、ヒートのフィルターっていうか……」 「何言ってんの、あの日のアンタ十二分にクズ野郎だったからね」  花瀬はいきなりの強いボディブローに吐血しかける。江國がいたら今頃指を挿しながら腹を抱え、確実に爆笑していただろう。 「好きなんだよね?!」と、少し涙目になって花瀬は紫葵に確認する。 「好きだよ、あの後俺を大切にしてくれた優しいアンタに簡単にヤラレた。俺、ガキだもん」  大きな猫目を潤ませて、紫葵は切なげに微笑んでみせた。初めて見せる気を許したあまりにも無邪気な仕草に花瀬は思わず目を瞠る。 「──良かった、言えて。もう二度と会わないんだろうなってずっと思ってたから……今日あそこで会ったのも運命なのかもね、なーんて!」  紫葵は照れた自分を誤魔化すようにずっと笑っていたが、テーブルの下で不意に手を握られ、ビクリと肩をすくめて花瀬の顔を見上げた。 「……君に会うのは確かに必然だったのかもね」  小悪魔的な花瀬のその声色と笑顔に紫葵は顔を赤くして「カメレオンはむしろアンタだ」と小さく溢した。

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