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ep.9

「お前ふざけんなよ5歳下とかふざけんなよ可愛い子ちゃんとかふざけんなよ向こうから告白してきたとかふざけんなよマジふざけんなよ毎日えっちしてるとかふざけんなよ」 「経か? あと最後勝手に妄想を入れるな、江國」  大学からの親友三人組は数ヶ月に一度の恒例となっている週末ドライブの途中、立ち寄ったサービスエリアで腰を下ろして近況報告を始めた。  そして花瀬の報告に対し江國は露骨に悪態をつく。 「お前が花瀬に出会い云々言ったんじゃないのかよ」と奥秋は至極正論で江國をツッコむ。 「だからって5歳下の可愛い子ちゃんΩとか腹立つじゃん。結局可愛い子は花瀬を選ぶんだよなぁ!」 「あー、それわかるわぁ〜」と珍しく奥秋が花瀬を裏切る。 「可愛い子云々じゃなくてさぁ……俺は自分が好きになった人に好かれたいって、それだけなんだけど……」 「へー、そー、それは深刻な悩みダァー」と江國は両手を頭の後ろで組んで椅子の背もたれに体重を思い切りかけて宙を眺める。 「でもあの美容学校の子と花瀬がこんなに早く番になるとは思ってもみなかった。俺の周りにもそんな早さのやつはいないと思うな」 「俺も自分でビックリした。気が付いたら噛んでた」 「お前本当はヤベエ奴なんじゃねぇの?」と江國は若干引き攣った顔で鋭いところをついてきた。 「俺も最近自分で自分がわからなくなってきた」と花瀬も苦笑いを浮かべる。 「あの子のご両親にはもう会ったの?」 「いや、ちょっと家庭環境が複雑みたいで……今のお父さんとは血が繋がってないとかで……あんまり人に会わせたくないみたいでさ……まあ、お互い成人してるし、急ぐ必要もないのかもなぁと今は思ってる」 「そうか……。しかし俺たちの中にとうとう既婚者が出るとはなぁ……」  奥秋のその呟きにどうも江國は相変わらず面白くなさそうな顔をしている。 「いや、まだ婚約してるだけだよ。俺は2年海外研修だし、それが終わってからと思ってる」 「ハタチに2年待たせるとか、お前も酷な男だねぇ」と江國は横目でちらりと花瀬を見る。 「わかってるよ、そんなこと。それでもいいって紫葵が言ってくれたから」 「ちなちゃん! 名前まで可愛いんかい」 「江國、お前俺が何言っても文句言う気だろ」 「許してやれよ花瀬。これはこいつの単なる独り身による嫉妬だよ」 「おおい、身も蓋もないことを言うんじゃないよぉ! 心の友よお!!」  花瀬はこの何気ない、或いは不毛な友人たちとの時間を改めて愛しく思った──。  辛い時も楽しい時も何の変化もなく自然体でそこにいてくれる大切な仲間──。 「──お前らに2年会えないのは寂しいよ」  花瀬は心からそう思ったから口にしたと言うのに、言われた側の二人はあまりにも温度のない、シラけた顔でこちらを見ていた。 「なんだよっ俺だけかっ、また俺だけ片想いかっ?!」  花瀬はまたも貧乏くじを引いたと心で泣いた。  ソファに腰掛けている花瀬の腕の中でさっきから紫葵がぎゅうぎゅうと頭を押し付けながら揺れているお陰でタブレットの文字がブレて読みづらい。 「紫葵、ちょっと。俺仕事のメールを読んでるんですけど……」 「仕事は仕事場でしろぉ、今は俺との時間ー」  今日は金髪になっている紫葵がぐりぐりとその頭を花瀬の胸にしつこく押し付けてくる。  紫葵の言ってることも一理あるので花瀬はタブレットをテーブルに置くと膝に乗っかってくる恋人を前から抱き締めた。  どちらからともなくキスをして、何度も啄み笑い合う。 「大好き、(あきら)くん」 ──嗚呼、江國が見たら卒倒するなと花瀬は目を閉じる。 「うん、俺も好きだよ。紫葵」 「……ねぇ、えっちしよ?」  腕を巻き付け上目遣いに甘えてくるΩに誰か逆らえるだろうか──。花瀬は諦めるように大きくため息をついてその身体を抱き上げた。  寝室に行く間も紫葵は隙あらば花瀬の至る所に口付ける。  ベッドに寝かせた後も紫葵は花瀬の身体から離れたくないらしく、必死に両手を伸ばして肩や胸を何度も撫でる。 「ちーな! 少しじっとして、服が脱がせない」 「やだあ、触りたい〜」  いつも以上に甘える紫葵にヒートが近いのだと花瀬は悟った。それを確証付けるように紫葵の首筋からは花のような甘い香りが漂う。  そんな時の紫葵はいつも以上に過剰に敏感になる。肌を撫でるだけで吐息を濡らし、胸の尖りを少しいじるだけで全身を赤く染めた。 「気持ちい?」 「う……ん、気持ちい……もっと触って……?」  恥ずかしさよりも快楽のがずっと強くて、紫葵は目を潤ませながら花瀬を誘う。 「言ったな?」  花瀬の質問の意味がわからないままも、ふわふわとした思考のまま紫葵は花瀬のされる愛撫に気持ち良さげに何度も鳴いた。  長い舌が唇から顎を伝って喉を齧り、胸に下りて紫葵が望むように尖りを何度も嬲ってやる。執拗にそこを責められるだけで紫葵は腰が浮いてしまう。  少し腫れたそこを指で弄られながら舌が臍周りをなぞり、合わさった白い太腿の間へ割り入り未成熟な雄を吸い上げ、その奥にある秘部に直接触れると紫葵は短く悲鳴を上げた。 「やっ、やだっ!」 「紫葵が言ったんだよ……触ってって」 「違うっ、そこじゃなくてっ、やぁっ」  強引に入り込んだ頭を紫葵は必死に押しのけようとするが、刺激の強さに力が抜けてしまう。  わざとらしく音を立てて花瀬は紫葵の濡れ出した場所を執拗に舐めてはその中へと舌を進めた。 「あっ……だめぇ、……やだ、やらぁ……」  Ω特有の、甘い匂い。少し紫葵をいじめるつもりだった筈なのに、いつの間にか花瀬自身がその匂いに酔いしれて、何度も何度も奥深くまで執拗に犯しては味わう。 「だめぇ、イっちゃう……も……イク……」  ビクビクと紫葵の腰が痙攣してその時を迎えようとしていたが、寸前で花瀬は紫葵から離れた。 「やっ、なんでっ? やだ、あっ……いじわるしないでっ」  驚いて目を見開いた紫葵だったが、すぐに別の熱の杭が自分を打ち抜いて一瞬で達してしまった。  細い腰を掴んで奥深くまで一気に自身の雄を打ちつけ、花瀬は誰も知らないであろう紫葵のその恍惚の表情に見とれた。  真っ赤に上気させた顔で紫葵は涙を流し、胸を何度も上下させ快感の余韻に浸っている。  その額に口付けそのまま甘い唇も塞ぐ。 「紫葵──好きだよ」 「ん……俺も、あきらくん……すき、大好き……」 「愛してる」  その言葉に紫葵は繋がった場所を無意識にぎゅっと締め付けた。 「ふ、これが返事なの?」と花瀬は小さく笑うが当の本人はこれ以上ないくらい照れて言葉を失っているだけだった。  すると突然表情を崩し眉を下げ、紫葵は泣き始めてしまった。 「どうしたの? そんな嫌だったの、ごめん、俺……」  今更悪ふざけが過ぎたと焦る花瀬だったが、紫葵の訴えは別のものだった。 「やだぁ〜、俺やだよぉ、2年も離れるの、やだぁ〜」  紫葵はボロボロと泣き出して両手で顔を覆っている。 「紫葵……」 「やだぁ、慧くん、行かないでぇ、俺のこと置いて行かないでぇ……やだぁ……」  あれだけ気丈に振る舞って、本気だから待てると誓っていたはずが、本当の紫葵はこんなにも心細くしていたのだ──。 「紫葵……」 「やなの、やだぁ……」 「ごめんね、紫葵──。ごめん……」 「やだぁ……慧くん、慧くん……俺の傍にいてよぉ……」 「ごめん、ごめん紫葵……、ごめん──」  花瀬は紫葵が泣き止むまでずっとその身体を抱き締め続けた──。  翌朝、目の周りを真っ赤に腫らした紫葵が「昨日言ったこと全部嘘だよ」と枯れた声で笑って花瀬に告げる。 「紫葵、もういいから」  花瀬は紫葵を抱き寄せその頭を何度も撫でてやる。 「無理しなくていい。俺の前で嘘なんかつくな──俺だって離れたくないよ。当たり前だろ」  腕の中の紫葵は多分もうすでに泣いているのだろう、背中に回された指が小さく震えている。 「ごめんな──。辛い思いさせてごめん」 「……わかってて、俺は……慧くんを選んだんだ……だからお互い様、ね?」 ──全然お互い様なんかじゃない。αである自分はΩの紫葵を噛んでしまった。  紫葵はもうどこへも逃れられない。たった一人で見えない運命の鎖に縛られて孤独と戦う──。 「紫葵のこと攫えればいいのにな……」 「うん……俺も、慧くんに攫われたい……」  紫葵が強く花瀬を抱きしめ返してその顔を見られないように胸の中に深く沈める。 「このまま溶けて慧くんの身体の中に入っちゃえればいいのに……」 「そしたら俺は狼で、紫葵は赤ずきんだな──」 「重たーい石かもよ? 水を飲みに行って慧くんは溺れちゃうの」 「うん、それでも構わないかな──」 ──そしたら、もう二人で辛い思いをしなくて済むのだから……。

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