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第11話 「雪谷先輩」*大翔

「……お前、本気でそれ、言ってる?」  冷水を浴びせられたような、感覚。  目の前の、可愛いと評判の顔を、マジマジと見つめてしまう。  この人に、こういう気持ちにさせられるのは、二度目だ。    しばらく前。ゼミの前の四限が休講になった。読書でもして時間を潰そうと思ってゼミの教室に向かった。前の授業は無かったよな?と思いながら、万一授業中だった時の為にそっとドアノブを握った瞬間。  ある言葉が、突然耳に飛び込んできた。 「なあ、四ノ宮って、ほんとに王子?? 中身、違うってことはない?」  声は、雪谷先輩のものだった。  ドアノブを握ったまま、動けない。  ――――……硬直。 「なんていうのかなあ……本性隠してるっていうかさ……?」  続けて、そんな台詞。  オレは、しばらく動けなかった。  雪谷先輩が話していた二人は、すでにオレを王子と言い切っている人達だったから、結局その話はすぐ終わり実害はなかったが。  オレは逃げるようにそこから離れた。  ――――……裏表なんて、そこそこ全人類にあるもんだと思う。  心の中を全部ぶちまけて生きてる奴なんて居る訳ない。  心の中をそこそこ漏らしながら、でも、一番深い所は見せずに表と折り合いをつけながら生きてる奴が多いんじゃねえかなと思っている。  それでも。  オレは、裏を完璧に隠せてしまう方だと思っていた。  容姿に恵まれて、生まれてきた。  成績もよく、運動も人より出来たし、家柄も良し。  爽やかで人当たりが良い。立ってるだけでそのイメージらしい。もうそれは意志の力でどうにかできるものではない。  多くを言わなくても、少し笑っただけでも好かれる。  少し優しい言葉をかけようものなら、慕われる。  老若男女問わず。  人に好かれまくって生きてきた。  まあ、そうさせたのは、半分は、親。  しょっちゅう連れていかれる金持ち同士のパーティで、ごく小さい頃から、たくさんの大人と、それから、金持ちで一癖も二癖もある子供達と接した。  これを言うと嫌われる。  こうするとちやほやされる、こう言えば好かれる。  その術を、かなり小さい頃から、自然と身に着けてしまった。  見た目と相まって、そのコミュニケーションスキルでオレはよくモテた。  ――――……でも、物心ついた頃から漠然と思っていて、成長するにつれて、さらに強くなった想いは。  どうせ周りの奴らは、オレの外側しか見てねえし……という想い。  オレがこの見た目で、金持ちだから。  そういう外側の部分を好きなだけ。  オレの見た目に期待して勝手に好きになって、近寄ってくる。  オレは、期待されたことに。ただ応える。  そうすれば、物事はうまくいく。  ほんとの気持ちなんて、出したって、面倒なだけ。  過去にほんとの気持ちを出そうとして、色々あった。  何度も、「らしくない」と言われた。  らしくない。  そんなこと言うなんて、「その見た目」「らしくない」。  そんな風に怒るなんて、「らしくない」  初めて付き合った彼女にも、「らしくない」と何度も言われた。中学時代の初恋は色々あって、かなりトラウマ。楽しさの欠片も無かった。  ……らしくないって、なんだよ。  この見た目なのは、オレが望んだ訳じゃない。  他人にどう見えてるかは知らないが、オレが、オレの気持ちを伝えているというのに、「らしくない」と言われる。  何だこれ。めんどくせえ。  いつからか、思ってた。  勝手に、この見た目にはまる「オレ」を想像した奴らに、勝手に幻滅される。そんなことが何度かあって、もう悟った。  もう本音は出さなくていーや。面倒くさいし。  元々オレは、人の気持ちに敏いから、相手が望むように、適当にやり取りして、親切にすることなんか容易い。  その方が楽。  ずっとそう思って、人と接してきた。  心の中の何か感じる部分を、飲み込んで消してしまうのも、慣れたもの。  心の中で、どんだけ悪態ついてても、誰も気づかない。  変わらず、オレのことを王子と、呼ぶ。  自分の、そういう、投げやりで、いびつなヤバさは、誰より自分が知っていた。けれど今までは、誰にもバレたことが無かった。  誰にでも好かれて、誰とでも仲良くやって来た。  なのに。  全く触れあってない、先輩に。  本性がどうのとか、言われた。  ……何でバレたんだろ?  まあ、確信じゃなさそうだけど。  ――――……何なんだろ。  そのまま可愛い絵にでも描けそうな、無邪気な顔してるくせに。  何だか全部を見透かされているようで。  唯一あのゼミで苦手というか、あまり絡みたくない人。  それが雪谷先輩だった。

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