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第14話「らしくない」*大翔

「……オレさ、雪谷先輩に、何かしました?」 「え?」 「そんな言いがかりされるような事、何かしましたか?」 「いい、がかり――――……」  オレの言葉に、雪谷先輩は、唇を少し、噛んだ。  長い沈黙の後。  ――――……先輩は、机の上で握った左手を、右手で包むように触れながら。 「……ごめん。確かにそうかも――――……何もされてないよ」  そう、謝った。 「じゃあ何でそんな事言うんですか?」  先輩は、まっすぐオレを見つめて、それから少し俯いた。 「ごめん。――――……ほんと、悪かった」  俯いたまま、謝ってる。  今度は、結構本気で落ち込んでる、みたい。  まあ常識で考えて、別に何もされてないのに、「誰にも話さない、良かったら話を聞く」と言った後輩を捕まえて、本心は違うだろ、とか。  ……普通、言っちゃいけない事だしな。  ――――……きっと、このまま、オレが、逆切れしたりせず。  この話の流れでそのまま終えれば。  先輩の中のオレは、きっと、優しい後輩、に変わるに違いない。  これで。  このゼミで過ごすのも――――…… 気がかりがなくなるっていうか。  いつでも本性がどうかなんて、思われてるの、嫌だもんな……。 「――――……ごめんな…… 傷つけた、よな?」  俯いたまま、そう言う。 「先輩は、なんで、そんな事、言ったんですか?」 「……だから、ごめん、て」 「何か、少しくらい、理由があるんじゃないんですか?」 「……理由とか大したものはないよ。たださ……」 「ただ?」  ただ、何。  今まで誰にもバレずにきた、オレの適当に繕った笑顔と言葉。  何で、疑ったんだ?  どんな答えが返ってくるのか、少し緊張しながら待っていると。 「たまに、お前の言ってる事が………らしくないっていうか……」 「――――……は?」 「……ほんとは……もっと違うこと言いたいんじゃねーのかなって……」 「――――……」  ――――……何それ。 「……何となく思うだけだから」  何だか、色んな事が頭の中で、ぐるぐる回る。  今まで言われてきた、「らしくない」と。  今、この人が言ってる「らしくない」は、同じ言葉だけれど。  真逆だ。  今まで言われてきたのは、オレが、本当の気持ちで何かを言ってる時に、「そんなの、お前に似合わない」という意味の「らしくない」だった。  今、先輩が、言ってるのは。  皆のイメージに合わせて作ったオレが、適当に合わせて言ってる言葉を、「ほんとのお前らしくない」と、言ってるって事で。  ――――……ちょっと、待って。 「らしくない……って……」 「え?」 「らしくないって……思う程、あんた、オレの事知らないじゃんか」 「――――……四ノ宮……?」  先輩が、瞳をパチパチさせて、オレを見上げてくる。 「そんな程度のくせに、何でそんな事――――……」 「それ」 「……それ?」  雪谷先輩は、不意に、くす、と笑って。  作った拳で、口元を押さえた。 「今の、その感じ」 「――――……」 「今言ってた方が、四ノ宮っぽい」  先輩が、面白そうな顔をして、オレを見つめてくる。 「……気のせいなのかなあ、これ……。 よく分かんない、なんか、そう感じるってだけだから。オレの言ってる事、意味わかんない?」 「――――……」 「四ノ宮が分かんないんなら……きっと、オレの言いがかりなんだよな……」  言いながら、首を傾げている。 「……なんて言うかさ。今、四ノ宮が言った、『らしくないって思う程、あんた、オレの事知らないじゃんか』ってやつ。……いつものお前なら、そんな事言わないで、にっこり笑って、オレはちゃんと言いたい事言ってますよ?とか言いそうだなーって思って」  言葉を選びながら、先輩がゆっくり話している。  何も。言い返す言葉が、出てこない。 「いつものお前なら、オレの事知らないじゃんか、なんて、言わなそう」 「――――……っ」  ……なんなの、この人。 「って――――……やっぱ分かんない、かな?」  困ったように言う先輩。   「……先輩って、趣味、人間観察、とかですか?」 「は? 違うけど。何それ」  オレの唐突な質問に、先輩は、クスクス笑う。 「あ、でも――――…… ゲイとか隠すために……自分や他人の言動、注意する癖はついてるかもな。 別に趣味じゃないけど。……って、それ、どういう質問だよ??」  先輩は不思議そうにして、ふ、と笑うと。  何だかくすぐったそうに、自分の頬をぽりぽり掻いた。 「……とにかくごめんな。確かにオレ、勝手に思い込んで、嫌な事言った」 「――――……」 「……皆にも黙ってくれて、話も聞いてくれるとか、言ってくれたのに。ほんと、ごめん。悪かったよ」 「――――……」  言葉が出てこない。  ほんとは。  ――――……いいですよ、と言って、話しを終わらせれば良いのは分かってる。そしたら、オレを疑ってる先輩は居なくなって。  オレを、いい奴だと思う先輩が、現れるかもしれない。  分かってるのに。  なかなか言葉が出てこない。  しばらく無言でいると。 「……怒ってるから返事してくれないのか?」 「――――……」  困ったように言う先輩。  違う。  ――――……悩んでるだけ。  思わず漏れた言葉を、  四ノ宮っぽいと、言ってくれた人。  外側じゃなくて、何だか――――……  中身、見ようとしてくれてる、気がする、人。  オレ。  この人にも、このまま適当に接していく、べき……?  今迄通り、適当に合わせて、楽に生きていきたいなら。  そうすべきなんだろうけど。  何だか変に――――……胸が、ざわつく。

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