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第17話「楽しくなりそう」*大翔

 ご飯、行く?   先輩がそう聞いてきた。  ついさっきまで、うさんくさいとか思ってた奴と、よく飯に行こうと思うなぁと不思議で、一瞬返事が遅れた。 「あ、行きたくない?」  そう言われて、普通は行きたくないのって、あんたの方じゃないのかなと思ったけど。言わずに、行きましょう、と伝えた。  音楽の音量が大きくて、目の前に居るこの人の声すら、近寄らないとたまに聞こえない。わざとこの店を選んだのだろうけど。  あそこ良く行くの? とか  すごい偶然だよなーと、ものすごい無邪気にホテルの話をしてるけど。  …………クラブ出る時見かけて、気になって追いかけた、ワザと隣の部屋を取った。とは言えず、長く沈黙した後、頷いてしまった。  ……協定を結ぼう。  オレは、雪谷先輩のゲイらへんの話、隠すし。  先輩は、オレの、この裏表のある性格関連の話を、隠す。  で、話を、聞きあう。  ――――……それをオレが言ったけど。  なかなか裏で思う事を、全部口にするなんて、無理だなと早くも思ってしまう。隠す癖が、しみついてる。  やっぱり、話せないかな、と思った瞬間。   「……ていうか、まあ四ノ宮より、オレのビックリの方が絶対凄かったと思うけど」  なんて言って、楽しそうに笑った先輩の笑顔を見て、思わず。 「先輩のはヤバいって焦っただけでしょ? ……こっちは死ぬほどびっくりしましたからね」  そう言ったら。   「今の、すっごい素な感じだなー……素だとちょっと口悪い?」  そう言われた。――――……確かに。いつもなら、こんな口調では話さないかも。特に「年上の先輩」だし。  一応敬語交じりではあったけど、ちょっと呆れ気味なニュアンスを付けて、話すとか。あんまりしてなかったかも。  先輩は、それを「しっくりくる」とか言った。  見た目の話とか、しばらくしていて、何となく分かった。  先輩は最初からオレの事を、「見た目通りの王子」なんて、思っていなかったんだという事。だから、オレに、こうあるべき、とかが無い。  丁寧な話し方をしそう、怒ったりしなそう、優しそう。上品そう。  そういう、勝手な期待を、全く持ってない。  だから、オレが、変な事言っても。  裏があるって認めても。  全然変わらず。  むしろ、そっちの方が、ほんとっぽい、と言って、笑ってる。  もともと期待してないから、がっかりもしない。  今自分の目の前に居るオレを見て、そのまんま、素直に話してきてる気がする。  もしかしたら、オレに気付かせなかっただけで、  今までも、オレを胡散臭いと思っていた奴は居たのかもしれない。  でもそれは、知る由もないし。    オレに、うさんくさいとか。裏の方がお前っぽいとか。  面と向かって言って、笑ったのは。この人が、初めて。  しかも――――……この人自身も、「ゲイ」を隠したい人だから。  これは、お互いの秘密協定だから。  ばらされたら、とか、そういう心配も、一切持たず、話せるって。  なかなか、無い。  ルックスを譲れたら譲りたいなんて。  絶対反感買うのは分かっていたから、誰にも言った事が無かった。  言ったら、どんな反応が返ってくるんだろう。  うわーと引かれるかなと、思ったら。 「まあ、その顔じゃなきゃ分かんない事も色々あるんだろうけど。でもさ……表と融合できていければいーんじゃない? そしたら、その見た目は絶対お得だと思うけどなあ」  ――――……お得……?  お得だって。――――……変な人。  苦笑いを浮かべてしまうと、先輩も、苦笑い。  返答がいちいち、変。   ――――……嫌がられるかな。悩むかなと思う事も、むしろ笑顔で、飛ばす。  先輩は、男にも女にもモテそうだけど、女の子は無理。  男だけ。恋人は、作らない。  ――――……てことは、不特定多数と、そんなことしてンの?  なんか。――――……ほんと、納得できない。  食事しながら、悶々と考えていたら、すごくじっと見つめられる。  また何考えてんだかしらねえけど、なんでそんなにじっと見るんだ。  しかもオレが下むいて食べてるから気づかれないとか思ってるんだろうけど。 こんな距離でそんな見られて、気づかない訳ないっつーの。  居心地が悪いので、からかう事にした。  ノーマルだから、オレを変な目で見ないでと伝えたら。  唖然として、何も言葉に出来ないまま、かあっと赤くなって。 「……っ見てねーから! つか、オレ、うさんくさいと思ってた奴に惚れる趣味ねーから!!」  必死で小声で押しとどめながら、叫んでくる。  思わず、吹きだしてしまった。  すると、すぐに。 「……さっきの協定、やめていい?」  こんな事言いやがったので。 「は? ――――……明日、ばらすけど良いです?」  じょーだん。  すげえ今楽しいのに。  思いながら言うと。  先輩はぐっと言葉に詰まって、それからすぐに。 「……いや。ごめん。……引き続きお願いします」 「ん、いいですよ」  いい気分。  ほんと、面白い――――……この人。  企んでいた、この人の中のオレを「王子化」させる作戦は、木っ端みじんに打ち砕かれたけれど。  ――――……もしかしたら、今のこっちの方が。  全然いい、かも。  先輩はもう、オレをうさんくさいと疑ってはいないから、他の誰かに前のように相談したりもしないだろうし。 むしろ協定を結んだから、オレの裏の話を聞いたりしてくれて、それを秘密として守るはず。  ――――……何だか、目の前でむむむ、と口を閉ざしてた先輩が、途中で何か吹っ切ったのか、また平気な顔してハンバーグを食べてるのを視界に入れたまま。  ――――……こっから先、どう転ぶか分かんねーけど。  楽しい日々が始まるような気がする。  そんな風に、今まであまり思った事のないような事を、思っていた。

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