34 / 542
第35話「涙」*大翔
時計を見ると、もう良い時間。
「オレそろそろ帰りますね。先輩、寝ますよね?」
「んー……。いや、今から映画見ようかなって」
「映画?」
「うん。明日ゼミの宿題やるから予定入れてないし。ちょっと1本観ようかなって」
ああ。宿題。あったっけ――――……。
「何観るんですか?」
何の気なしにそう聞いてみたら、先輩から出てきた作品名は、来月続編が公開される映画だった。
「……え。好きなんですか?」
「……何? 四ノ宮、好きなの? もしかして」
「3回観に行きました」
「オレ4回行った。でも、来月映画行きたいから、もう1回観ておこうと思って、借りてきたんだ~。どこも配信はされてなかったからさ。もしかしたら近くなったらテレビでやるかもしれないけど、コマーシャル邪魔だし……」
「あー、オレもそうしようと思ってました」
「え、そうなの?」
「――――……」
「――――……」
2人で、ふ、と見つめ合って、少し後。
「……四ノ宮も、一緒に観る?」
先輩がそう言った。
一緒に。か。
――――……1人でじっくり、観たい派なんだけど、オレ。
映画館は良いとして、家で2人とか気を使うし。
――――……ああ、でも……
この人相手ならそんな気を使わなくても、いいのかな。
オレが即返事をしなかったせいか、先輩は少し首を傾げた。
「1人で観たいなら、明日貸してあげるけど?」
……貸してもらえた方が、良いんだけど。
でも――――……。
「――――……良いんですか? 今からだとすごい遅くまでオレ居る事になりますけど」
「え? ……うん、別に良いけど? コーヒー、もう1杯飲む?」
「――――……はい」
……って、オレ。
何で、観てく事にしたんだ。
今日はもう、色々納得もしたし。
家に帰って寝て、何なら明日、先輩に借りて1人で観ればいいのに。
「コーヒー淹れてくから、四ノ宮はソファに座ってていーよ」
テーブルの上のアイスのゴミやコーヒーのカップを持ちながら、先輩が笑う。何となく黙ったまま頷いて、ソファに移動した。
◇ ◇ ◇ ◇
雰囲気が欲しい、とか言って、先輩は部屋の電気を消した。
暗闇の中、ソファに並んで座った。奥行きがある、広めのソファ。
先輩は体育座りみたいな座り方で、静かにじっと、画面を見てる。
何となく位置的に、ソファに背を付いてるオレの方が先輩より少しだけ斜め後ろになる。
テレビをまっすぐ見ている先輩が、なんとなく、目に入る位置。
「――――……」
皆と居ると、いつでも明るく笑ってる。
いつも、ゼミの中心に居る先輩。
顔は……まあ、良いよな。まわりも皆、そう言ってる。
白い肌に、くりくりした大きな瞳、長い睫毛、ウエストとか細くて。
皆が、アイドルみたいだと言うし、ゼミと関係ない奴まで、先輩の事を話題にして来たりする。
……まあ、確かに。見た目はね。
オレとは全く正反対の感じで目立って、可愛がられてる気がする。
でも、喋ると大分イメージが違う。
ただ可愛い、とかじゃなくて。
わりと兄貴っぽい所もあって、話し合いとかは中心に居る。――――……兄貴っぽいのは、実際兄貴だからか、と納得。
下ネタとかのってくるの、男の先輩とかは面白がってるし。
女も、あの顔なら許せるらしく、きゃーきゃー言ってるし。
だからまあとにかく――――……1点の曇りもない、人気者。て感じ。
「――――……」
画面を見ながら、先輩を見ていたら。
不意に。
ぽろ、と涙をこぼした。
え。
びっくりして、何となくレベルじゃなくて、思い切りマジマジ見てしまうと。さすがに気づいた先輩は、涙目のままオレを振り返って。
「……っ……ていうか、泣かないの?」
「――――……もう何回も見てるんで……」
「何回見てても泣けるだろ……」
泣くと思っていたのか、完全に準備されてた箱ティッシュからティッシュを抜いて、涙を拭いてる。
涙目のままこっち見るとか。
……少しは泣いてるのとか、隠せっつの。
――――……この人って。
……男に、抱かれてんだよな……。
よく知りもしねえ、この人の事、好きでもない奴に。
――――……で、今みたいに、泣いてたり、すんのかな。
……自然と眉が寄る。
先輩はオレを振り返って。え、何でそんな険しいの。と、泣き笑いしてる。
泣くの我慢してる?とか言いながら。
「うるさいですよ、前向いてください」
言うと、むー、としながら前を向いて。
すぐ映画に集中してる。
――――……オレは全然。なんでだか分からないが。
全く、集中できなかった。
ともだちにシェアしよう!