39 / 542
第40話「近付かない」*大翔
「遅くまですみませんでした」
「うん。ていうか、オレが引き留めたような……?」
クスクス笑いながら、玄関で見送る先輩。
「おやすみなさい」
「うん。おやすみー」
先輩の家を出て。鍵がかかる音を聞きながら、自分の部屋の鍵を開けて、中に入った。
鍵をトレイに置いて、電気をつけて部屋にあがって――――……。
何となく、ソファに座った。
――――……この壁の向こうに、居るんだよな……。
マジ、何なんだろ。今までそこでずっと過ごしてたなんて。
本性隠す事だって、出来たのに、協定結ぼうとか意味わかんねー事言って。
先輩と話して。
でもなんか――――……話せば話すほど。
所々、すっげえムカついて。
……嫌いなのかなぁ、オレ。
無意識に、見破ってくるしな。
苦手なんだよな、きっと。
ゲイで男に抱かれてるとかも……なんか許せねえし。
――――……嫌なのかもな……。
だったら、別に、これ以上近づかなければいいだけだ。
今までと同じように。
学年も違うし、ゼミも、何だかんだ割と人数もいるから、話さなくたってどうにでもなる。発表したり討論の時は、お互い今までだって問題なくやってたし。
話したり、色んな顔を見てると、モヤモヤするし、ムカムカするし。
――――……よく分かんねえけど、近づかないのが、一番な気もしてきた。
……協定は結んで、先輩はそれにこだわってるみたいだったから、ばらしたりはしないだろう。今日も何度か、「協定結んだしな」とか、笑顔で言ってた。
とりあえずオレは、お前の素がどんなでも、居るから安心して。
先輩のその言葉が、不意によみがえった。
何だそれ。
居るからって――――……いつまで居る気?
どうせ、あと3年で、あの人は卒業。
……その間だけ――――…… 素を出せないオレと、居てあげようって事?
別にオレ。
……あんた居なくても、平気だしな。
もう、慣れてるし。
言いたい事言わないのにも。
やっぱ、これ以上近づかない。
隣でも会った事も無いし。多分、これからもそうだ。
学校でも絡みはしない。ゼミと……あと数えるほどしか同じ授業は取って無いし、取ってたって、オレらは別の友達と居て、絡まないで来た。
そのまま、過ごそう。
そう決めて、ソファから立ち上がる。
歯を磨いて、もう何も考えずに、ベットに入った。
翌朝。割と早く目が覚めた。
何だかものすごくいい天気。
顔を洗って、歯を磨いて、軽く食事。
洗濯機を全自動で回してからふと。
――――……布団干そ。
ベランダにつながる大きな窓を開けて、布団を干す棚を広げる。
掛け布団をそこに引っ掛けて、ふ、と息を付く。
窓の端に、スリッパをはいたままで、腰を下ろす。
ゼミの宿題、今日やるか――――……。
別に金曜までにやればいいわけだし。今日は誰か誘うかなー。
そんな事を思いながら、空を見上げていたら。
隣で、窓が開く音がした。
――――……先輩か……。
今起きたのかな。
わざわざ、身を乗りだして覗きこまない限り、隣のベランダは見えない。
そのまま、静かに、やり過ごす事にした。
「すっげー。良い天気……」
先輩の声がする。
「――――……」
独り言、でか…。
ふと、笑ってしまう。それにすぐ気が付いて、口元を引き締めた。
「よ、い、しょ……って………う、わ、なに――――……」
なんか微妙な声と音。
「――――……」
おそらく。布団か何かを運んできて。こけた、てとこかな……。
なんだそれ……。
「いっ、た……っと……わっ」
……がしゃん。なにか。割れた音。
「……ひゃー……」
そんな声がして、しばらくして、割れたものを集めてる音。
手、切んなよ………。
思ってしまった瞬間。
「い、……った……」
「――――……」
イライラする。
もう何な訳。
はー、とため息とともに立ち上がった。
「……先輩」
少しだけ聞こえたのか。先輩は、急に静かになった。気のせいか、呼ばれたのか、確かめようとしてるんだろうか。
「……雪谷先輩」
先輩のバルコニーとの境にある板をコンコンと叩いた。
「四ノ宮?」
「……大丈夫ですか?」
「う。ん。おはよ。……ていうか。聞こえてた?」
「――――……先輩が漫画みたいにドジなのは分かりました」
そう言ったら。
「違うよ、真斗が泊まった布団を干そうと思ったら、 布団干しのネジが外れて、なんかぐしゃって崩れてさ、それはよかったんだけど、それで布団を持ち上げたら、ちっちゃいプランターを引っ掻けちゃったみたいで、割れちゃって…………んで、片付けようとしたらちょっと……」
全部黙って聞いていたが。
「ネジが飛んだとこまでは事故ですけど、それ以降はただのドジですよね……どれくらい切りました?」
「……ちょっと」
「血は?」
「……ちょっとだけ」
「薬はあります?」
「ばんそーこーはある」
ため息をついてしまう。
しかもこの言い方。
ちょっとじゃねーんじゃねえの。
「そっちいっていいですか?」
「――――……大丈夫だよ、ばんそーこーはっとけば」
「薬あるんで、持って行きます」
「……うん」
サンダルを脱いで部屋に上がり、葛城が置いて行って一度も使っていない救急箱を持って、家を出た。
ともだちにシェアしよう!