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第40話「近付かない」*大翔

「遅くまですみませんでした」 「うん。ていうか、オレが引き留めたような……?」  クスクス笑いながら、玄関で見送る先輩。 「おやすみなさい」 「うん。おやすみー」  先輩の家を出て。鍵がかかる音を聞きながら、自分の部屋の鍵を開けて、中に入った。  鍵をトレイに置いて、電気をつけて部屋にあがって――――……。  何となく、ソファに座った。  ――――……この壁の向こうに、居るんだよな……。  マジ、何なんだろ。今までそこでずっと過ごしてたなんて。  本性隠す事だって、出来たのに、協定結ぼうとか意味わかんねー事言って。  先輩と話して。  でもなんか――――……話せば話すほど。  所々、すっげえムカついて。  ……嫌いなのかなぁ、オレ。  無意識に、見破ってくるしな。  苦手なんだよな、きっと。  ゲイで男に抱かれてるとかも……なんか許せねえし。  ――――……嫌なのかもな……。  だったら、別に、これ以上近づかなければいいだけだ。  今までと同じように。  学年も違うし、ゼミも、何だかんだ割と人数もいるから、話さなくたってどうにでもなる。発表したり討論の時は、お互い今までだって問題なくやってたし。  話したり、色んな顔を見てると、モヤモヤするし、ムカムカするし。  ――――……よく分かんねえけど、近づかないのが、一番な気もしてきた。  ……協定は結んで、先輩はそれにこだわってるみたいだったから、ばらしたりはしないだろう。今日も何度か、「協定結んだしな」とか、笑顔で言ってた。  とりあえずオレは、お前の素がどんなでも、居るから安心して。  先輩のその言葉が、不意によみがえった。  何だそれ。  居るからって――――……いつまで居る気?  どうせ、あと3年で、あの人は卒業。  ……その間だけ――――…… 素を出せないオレと、居てあげようって事?  別にオレ。  ……あんた居なくても、平気だしな。  もう、慣れてるし。  言いたい事言わないのにも。  やっぱ、これ以上近づかない。  隣でも会った事も無いし。多分、これからもそうだ。  学校でも絡みはしない。ゼミと……あと数えるほどしか同じ授業は取って無いし、取ってたって、オレらは別の友達と居て、絡まないで来た。  そのまま、過ごそう。  そう決めて、ソファから立ち上がる。  歯を磨いて、もう何も考えずに、ベットに入った。   翌朝。割と早く目が覚めた。  何だかものすごくいい天気。  顔を洗って、歯を磨いて、軽く食事。  洗濯機を全自動で回してからふと。  ――――……布団干そ。  ベランダにつながる大きな窓を開けて、布団を干す棚を広げる。  掛け布団をそこに引っ掛けて、ふ、と息を付く。  窓の端に、スリッパをはいたままで、腰を下ろす。  ゼミの宿題、今日やるか――――……。  別に金曜までにやればいいわけだし。今日は誰か誘うかなー。  そんな事を思いながら、空を見上げていたら。  隣で、窓が開く音がした。  ――――……先輩か……。  今起きたのかな。  わざわざ、身を乗りだして覗きこまない限り、隣のベランダは見えない。  そのまま、静かに、やり過ごす事にした。   「すっげー。良い天気……」  先輩の声がする。 「――――……」    独り言、でか…。  ふと、笑ってしまう。それにすぐ気が付いて、口元を引き締めた。 「よ、い、しょ……って………う、わ、なに――――……」  なんか微妙な声と音。 「――――……」  おそらく。布団か何かを運んできて。こけた、てとこかな……。  なんだそれ……。 「いっ、た……っと……わっ」  ……がしゃん。なにか。割れた音。 「……ひゃー……」  そんな声がして、しばらくして、割れたものを集めてる音。  手、切んなよ………。  思ってしまった瞬間。 「い、……った……」 「――――……」  イライラする。  もう何な訳。  はー、とため息とともに立ち上がった。 「……先輩」  少しだけ聞こえたのか。先輩は、急に静かになった。気のせいか、呼ばれたのか、確かめようとしてるんだろうか。 「……雪谷先輩」  先輩のバルコニーとの境にある板をコンコンと叩いた。 「四ノ宮?」 「……大丈夫ですか?」 「う。ん。おはよ。……ていうか。聞こえてた?」 「――――……先輩が漫画みたいにドジなのは分かりました」  そう言ったら。 「違うよ、真斗が泊まった布団を干そうと思ったら、 布団干しのネジが外れて、なんかぐしゃって崩れてさ、それはよかったんだけど、それで布団を持ち上げたら、ちっちゃいプランターを引っ掻けちゃったみたいで、割れちゃって…………んで、片付けようとしたらちょっと……」  全部黙って聞いていたが。 「ネジが飛んだとこまでは事故ですけど、それ以降はただのドジですよね……どれくらい切りました?」 「……ちょっと」 「血は?」 「……ちょっとだけ」 「薬はあります?」 「ばんそーこーはある」  ため息をついてしまう。  しかもこの言い方。  ちょっとじゃねーんじゃねえの。 「そっちいっていいですか?」 「――――……大丈夫だよ、ばんそーこーはっとけば」 「薬あるんで、持って行きます」 「……うん」  サンダルを脱いで部屋に上がり、葛城が置いて行って一度も使っていない救急箱を持って、家を出た。  

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