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第41話「帰ればいいのに」*大翔
「ちょっとって言いましたよね、血」
「――――……まあ」
「これ、ちょっとですか」
先輩の手を見て、大きくため息。
血が結構出てるし。はーほんとにもう……。
手首をつかんだまま、流しに向かって先輩を引っ張ると。
「え、何すんの」
「とりあえず水で流します。プランターじゃバイ菌入ったら困るし」
「い、嫌なんだけど」
「普通流すでしょ」
「じゃあそーっとやってよ」
「…………」
はー、とため息。
ある程度の勢いは出して、水で流す。
「――――……っ」
結構、血は出てたけど、洗ってみたら、そんなには傷は深くなくてほっとした。
「痛いって……」
「我慢しててください」
洗ってる間、ものすごい強張ってて、かなり拒否気味に体が引けてる。
……子供かよ。
ため息を付きながら洗い終えて、傷薬を塗って、少し大きめの絆創膏を貼った。
「はい、終わりましたよ」
「…………っありがと」
……泣くなよ……。
ほんと良く泣くな、この人。
「何でそんな、よくため息つくの四ノ宮って」
「――――……ついてました?」
「……よくつくけど。 あと、眉が寄る、ここにすげーシワ……」
怪我をしていない方の指で、つい、と眉間を触られる。
「……っ」
思わず顔を引くと。
「あ。と。――――…… 触られんの、嫌い?」
「――――……」
別に嫌いとかじゃ――――……。
なんか今……ぞわ、として。
「……あー……と。大丈夫だよ、オレ。四ノ宮に何かしたりしないから」
「――――……は?」
「……そういう意味で警戒してるんじゃないの?」
ふ、と笑う。
――――……つか、何でそんな事いいながら、笑うかな。
「そんな事思ってないです」
「――――……ん」
「思ってないですよ」
「……ん、ありがと」
立ち上がって、先輩がオレに背を向ける。
「朝ごはん食べた?」
「……はい」
んなこと、何も思ってねーのに。
警戒して、嫌で触られたくなかったとかじゃねえし。
絶対納得してなさそうなのが不満で、不機嫌に答えると。
「……またなんか怒ってるし」
「――――……怒ってなんかないです」
そう言うと、ちらっと振り返ってオレを見て。
「……四ノ宮、普段のニコニコ顔、ちょっと見せてよ」
「今むりです」
「……やっぱり怒ってるじゃん」
もう、何で怒ってるのかなあ。
ぶつぶつ言いながら、先輩はキッチンの方に向かう。
「……オレ朝飯食べてないから、作ってイイ?」
「――――……オレ帰りますからどうぞ」
そう言いながら、救急箱を片付けていると。
「コーヒー淹れるけど。飲まない?」
「――――……」
「別に無理にとは言わないけど。オレ、朝は絶対淹れるから」
帰ればいいのに。
この人といると、なんか、気分が――――……。
落ち着かなくて、疲れるのに。
「……飲みます」
そう言ったら。
「――――……」
何秒か黙ってから。 先輩が、ぷぷっと吹き出した。
「は? 何ですか?」
「だっ――――……てさぁ……」
だめだ、とまらない、とか言いながら、笑って。
「もう、絶対帰るって言いそうな顔で、飲みますとかさー」
「……」
「なんか可笑しい」
クスクス笑われて、なんかムカつくけど、何でだか、言葉が出てこない。
「まーいいや」
まだ笑いながら、先輩はオレを見つめる。
「コーヒー、苦い方がいい? 甘い方がいい?」
「――――……苦いの」
「了解~。座ってて」
笑顔の先輩に特に答えず、昨日も座ったテーブルについた。
……なに座ってんだオレ。
来なきゃ良かったし。
――――……帰ればいいのに。
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