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第44話「痛み」*大翔

 ふっと、先輩が急に、顔を上げた。  その一瞬で、雰囲気が変わった。 「つか、何で実家の事とか、聞くんだよ」 「は?」  ぶー、と膨れて。多分、敢えて明るく、そんな風に言う。 「……なんかあまりに自然に聞くから、普通にこんな暗い話しちゃったじゃん! ごめんな、なんか暗くなって」  ――――……さっきまでの雰囲気を自ら吹き飛ばして、そんな風に言う。 「……先輩、別に嫌な事は、話さなくても良いですからね」 「――――……え」 「協定って、別にそんな事にしたつもりないですから」 「――――……」 「他では話せなくて、ほんとは誰かに言いたいって事なら、聞きますけど」  別に話したくない事まで、聞かれたからって話さなくてもいいのに。  苦笑いでそう伝えると。  先輩は、少し、首を傾げて、オレを見つめた。 「……わかんないな。真斗以外とこんな話するの初めてだし」 「――――……」 「もしかしたら、聞いてほしかったのかもしんない……」  また静かに、視線が落ちた。  ああ、なんかオレまた余計な事言ったかな。  せっかく戻ってた先輩の笑顔が、また――――……。  ――――……ズキ、と奥が痛い。  さっき、先輩の笑顔を見ていた時に感じた、ちくっと刺さるみたいなのとは違う痛み。  先輩が泣いてると、奥が、重く痛い。 「……あのさ、先輩」 「――――……うん?」 「……息子がゲイって知らずにキスシーンなんか見たら、頭の固い親父たちの年齢じゃ、しばらくは受け入れられない人も居ますよ。時間がいるんですよ」 「――――……」 「そんなんで落ち込む事はないですよ。先輩が自分で、もうゲイってとこは譲れないっつーなら、迷わなくていいじゃん。親父さんだって、ほんとは認めたいけど、息子が男とってのを認められないだけだと思うし」  オレが――――…… あんたが男と。男に、抱かれるとか。しかも、恋人じゃなくて、見知らぬ他人に、乱されるとか、泣かされるとか、全然許せる気がしないのと、同じように。  そんなの本人の嗜好の話で、それが良いって本人が言ってるなら仕方ないって分かってても、認めたくないとか、オレが今、思うみたいに。  先輩は、しばらく、ぽかん、とオレを見つめていたけれど。 「――――……うん……分かってる。時間が必要だって…真斗にも、自分でも 言ってる、し……」  ぽつぽつと、そう言って。テーブルの上で合わせた手を心許なく握っていた。その手を何となく見つめていたら。そこに、急に、ぽつん、と雫。  え。  まさかと思って先輩の顔に視線を向けると。 「…………っ」  また、泣くし。  ――――……ほんと、泣きすぎ。   メンタル……弱ってんじゃねえの?  大学ではいつでもキラキラしてんのに。  俺なんかより、よっぽどこの人の方が、外を繕ってる気がしてきた。 「――――……」  テーブルの隅にあるティッシュのケースを、先輩の前に置くと。 「ありがと」  と言って、涙を拭いて、汚い感じで鼻を噛んでる。 「どんだけ鼻水……」  苦笑いを浮かべてしまうと。  ……涙目の先輩が、それでも何だか笑顔で。 「……四ノ宮、ほんと優しいな」  クスクス笑い出す。 「泣いてんのに、何、笑ってんですか……」  呆れて言うと、ごめん、と笑う。 「ごめん、なんか――――…… 色々、お前に隠そうって気が無くなってるかも」 「――――……」 「泣くのとか……普段なら絶対無いのに」 「――――……」 「ごめん、気を付けるから」  やっと色々拭き終わってティッシュを持って立ち上がる。  ごみに捨ててから、戻ってきて、目の前に座り直した。 「――――……あんたが泣いても気にしないからいいですよ」 「……気にしないって」  くす、と笑う先輩。 「なんかもう結構何回も見てるし――――……隠さなくて、大丈夫ですよ」 「――――……」  少しだけ唇を噛んだまま。   ん、と頷いて。それから、ふ、と笑って。 「――――……うん」  先輩は、少し嬉しそうに笑って。  小さく、頷いた。

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