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第45話「最悪」*大翔

 その時。  先輩のスマホがテーブルの端で鳴った。 「あ。真斗だ。ごめん、ちょっと待ってて?」  オレが頷くと。すぐに、通話を始めた。 「もしもし真斗? どうしたの?」  ……ほんと仲いいな。  昨日の夜も電話してたよな。 「ん、誰って? ――――……え……?」  先輩の顔が、急に強張った。  ――――……なんだ? 「……何で? ……うん…… ん…………」  顔。なんか、やばい。  声も。  先輩は、不意に立ち上がって、ベランダに繋がる窓の前まで歩いて行った。  部屋の中は静かなので、それでも、聞こえてしまう。 「……うん。ごめん、絶対教えないで。ありがと。――――……うん」  先輩の声。  ――――……震えてるように、聞こえる。 「……母さんにも、言っといて。 絶対、教えないでって。うん……」  所々聞こえないが、何となく、言ってる事は分かる。  それを、泣きそうな声で、伝えている事も。 「うん――――……ありがと、真斗……じゃあね」  電話を切って。  でも少しだけ振り返らなくて。  窓の外を見ていて。  泣いてるのかと、気になって。先輩の背を見ていたら。  小さく息を吐いてから、その場で、こっちを振り返った。    少しだけ、笑んで。 「……ごめん、四ノ宮――――…… 帰ってくれる?」 「――――……」 「…………ちょっと、考えたい事が、できて…… ごめん」  オレ、居た方がいいですか?  そう、思ったけれど。なんだか、言えなかった。  多分、今は、必要ない。それは分かる。だけど。     何だか様子が変だから、居たい。  ――――……けど。 「……分かりました」  仕方なく立ち上がって、玄関に向かう。  靴を履いた所で、先輩が出てきた。  玄関まで歩いてくるので、振り返って待っていると、目の前で立ち止まった。 「……ごめんな?」  ――――……腕を組むみたいにして、自分の腕を、ぎゅ、と握ってる。  支えが欲しいみたいに。  手が、震えて見えるのは、気のせいなのか――――……。 「先輩」  オレは思わず、その二の腕を、軽く掴んだ。  驚いたように、先輩がオレを見上げて。 「大丈夫なんですか?」  そう言った瞬間。呆けたように、オレを見て。 「先輩?」 「…………っ……」  はっとしたように焦った顔をした先輩に、手を振り払われた。 「――――……っごめん、帰って。 本当に、大丈夫だから、オレ」  泣きそうな顔で、でも、はっきりとそう言った先輩に。  もうそれ以上は、何もできなくて。  オレは、自分の部屋に、帰ってきた。  ソファに腰かけて。  ――――……背もたれに寄りかかった。  ――――……何だあれ。  弟からの電話。  何だ?  誰かに、何かを教えるなって。  弟と母親に、頼んで――――…… 何を?  でも、あれは、さすがに聞ける雰囲気じゃなかった。  やっぱり、手、震えてた。  ――――……何なんだ、本当に。 「あ」  ――――……救急箱、置いてきた……。    今はやめて――――……後で、連絡入れよう。  ――――……最後の、顔が忘れられない。  何回か話してる時に影を落とした表情を、オレに見せてはいたけど。  それはすぐ、吹っ切って、また明るく話し出したり出来る程度のものだった。  最後のはもう、取り繕うことが出来ない程、動揺してて。  震える手を握り締めて。  それまで、あんなに素直に、ぽろぽろ涙を見せてたくせに。  最後は、泣く事もせずに、ただ泣きそうに顔を歪めて堪えていた。 「――――……」  深いため息が漏れて。  そこまで踏み込む権利もない。  関係も、ない、さっきのことは忘れよう。    そう思うけれど、先輩の顔が頭から離れなくて。  最悪な日曜を、過ごした。

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