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第61話「距離近い?」*奏斗

 椿先生の部屋のドアをノックすると「どうぞー」と聞こえる。 「失礼します」 「ああ、ユキくん。早かったね」 「いつも早めに終わる授業なので」 「そっか。荷物、そこに置いてね」  窓際の棚のところを指して先生が言う。  言われた通りそこに鞄を置いて、少し腕をまくる。 「何からすればいいですか?」 「んーそうだねえ……あ、ちょっと、この論文、少し読んで貰ってもいい? ざっとでいいから」 「はい」 「あ、他言無用でね」 「分かってますよ」  ふふ、と笑って頷いて、受け取る。 「そこに座っていいよ」 「はい」  椅子に座って、目を通す。  しばらく無言で読んで、ふ、と息を付いた。 「何となく分かった?」 「はい」 「その30ぺージ辺りが弱いから、そこらへんに絡む資料を集めたんだけどさ。データ化されてない資料が、そこに山盛りあって」 「分かりました。関係ありそうなところ、探してけばいいって事ですよね。付箋とかあります?」 「うん。よろしく」  水色の付箋を手渡される。 「四ノ宮くん、誰なんだろう、教授。時間オーバー多いって」  クスクス椿先生が笑うので、笑いながら「分かんないです」と返す。 「そういえば――――…… ユキくんさ」 「はい?」 「……最近四ノ宮くんと仲良くなった?」 「え?」 「こんな事言ったらあれだけど……なんか、四ノ宮くんのこと、苦手だったでしょ?」 「えーと……」  なんて言おうかなと思っていたら、ふ、と笑う先生。 「別に苦手な人が居るのは仕方ないし、表立っては普通にやってたから何も言わなかったんだけど――――……なんか、さっきのやり取りが、普通に見えて」 「さっきオレ、そんなに四ノ宮と話してました?」  そんなに喋ってなかったような。 「話したのは少しだったけど――――……ユキくんの態度がね」  先生はクスクス可笑しそうに笑う。 「今までは、なんか、ユキくんがちょっと腰引けてた?」 「え。オレ、そんなにバレてましたか……?」 「はは。皆にはバレてないと思うけど」  先生が可笑しそうに笑う。 「何となくね。ユキくんが珍しく引いてるから」 「オレ、そんなにバレますか? 結構隠せるほうだと思ってました」 「んー。そういうの、結構敏いかもしれない。好きとか嫌いとかは」 「わー、先生ね、こわいですね」  ぷ、と笑いあう。 「ちょっときっかけがあって、話すようになって」 「それで良くなった?」 「そうですね。大分……いや、ちょっと楽しいです」  なんか、オレの前でだけ仏頂面なのを思い出して、ふ、と笑うと。 「――――……へえ? なんか。意味深だね?」  資料をこっちに追加で運びながら近くに来ていた先生に、ふ、と笑まれて見下ろされる。  ドキ。  ――――……なんかほんとこの人、顔、カッコいーなー。  ってものすごく近いけど。  少し引くと、くす、と先生は笑った。 「ユキくんて、好きな人居るの?」 「――――……居ないですよ」 「晃太くんとかが、何でユキは彼女居ないんだろうって不思議がってたよ」 「晃太先輩?」 「そう、道哉くんも言ってたね」  ゼミに手伝いに来てくれる、3年の先輩。  すごく仲良しの先輩達なので、名前を聞くだけで、ああ、と笑ってしまう。 「晃太先輩も道哉先輩も彼女居ないのに、何でオレの事言うんでしょ」 「あ、晃太君は彼女が出来たらしいよ」 「えっそうなんですか?」 「そう。昨日言ってた」 「あは。おめでとう言わなきゃ」 「うん。喜ぶと思うよ」  ふふ、と先生が笑う。 「先生、これ、付箋つけたら、都度渡します? それとも、まとめてがいいですか?」 「あーどうしようかなあ……じゃあすごく良さそうなの見つけた時だけ、直で持ってきてくれる?」 「了解です」 「あ。ユキくん、ちょっと今持ってるその資料貸して?」 「あ、はい」  オレの座ってる隣に立ってる先生が、机に手をついて少し覗き込んでくるので、持ってた資料を渡そうとした、その時。  コンコン、とノックの音。 「どうぞー」 「失礼します」  四ノ宮が入ってきて。ちょうど真正面に座ってたオレと先生に一瞬だけ足を止めて。  それから。先生に向けて、にっこり笑った。 「遅くなってすみません」 「全然。ありがとうね、来てくれて。鞄、そこに置いてもらって……」  先生は、さっきオレにした説明を、四ノ宮にし始める。  オレは、山と積んである資料を上から手に取って、目を通し始めた。  ――――……入って来た時。  ……先生と距離、近かったかなあ。  なんかさっき、好みですかとか聞いてたし。  ……いやでも、オレ否定したし。  さっきだって、普通の距離だったよな。  なんか一瞬だけ固まってたけど。  ……気のせいかな。うん。  普通の顔をして先生と話してる四ノ宮に、気のせいだと思いつつも。  あいつ全然、外見からじゃ何考えてるか分かんないしな……と、ため息。  ……てか、何でオレこんな事気にしてるんだろ。  なんか、四ノ宮がいっつも、変な風に、気にするからだな……。  ため息は、静かな部屋だと響いてしまいそうなので、かみ殺して。  ふ、と静かに息を吐いて。  資料に集中することにした。

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