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第63話「嫌いな訳が」*大翔

 オレ。  ――――……なんか。  どーしてこんなに、あの人の事を気にするんだろうか。  別に。……今時。  ゲイなんて珍しくもない。  芸能人も、バイやゲイやその他諸々、公言してたりするし。  ……別に。  先輩以外が誰とどうなってたって、何にも気にならない。  なんでこんなに。  あの人だと気になるんだ。  椿先生と先輩が、とか。  そんな可能性、ほぼ無いって分かってるのに。  ゼミの男子生徒に手を出すなんて馬鹿な真似、あの先生がする訳ないとも思うし。先輩の、身近な所では嫌だっていうあれも、かなり本気だ。  だから、無いって、分かってるのに。  ……確認してしまった。  何だかなあ、オレ。  ――――……色々考えながら授業に出ていたら。  予想通り、時間が少し延びた。  ……少しというか、今日はかなり延びたかも。  やっと終わって。何となく急いで、椿先生の部屋に向かって、ドアをノックする。どうぞーと声がするので、失礼します、と中に入ったら。  ちょうどドアの真正面。  机に座ってる先輩と、そのかなり近くに立っている先生。  ――――……近すぎ。  そう思って、ほんの一瞬だけ、挨拶が遅れた。  ほんと、ムカつくんですけど。  心の中の気持ちを言葉にしたら。  きっと、それだった。  ――――……言える訳ないが。  意味も分かんねえし。 「遅くなってすみません」  咄嗟ににっこり笑って、先生に向けて、そう言った。  先輩の顔は、敢えて見ない。 「全然。ありがとうね、来てくれて。鞄、そこに置いてもらって……」  すぐに笑顔になった先生の言う通り、鞄を置いた。  もう先生の説明は受けたんだろう、先輩はオレが先生に話を聞いている間も、山となってる資料をぴらぴらと開きながら、付箋を貼り付けている。  渡された論文をざっと読み終わった所で、付箋を渡された。 「四ノ宮くん、こっち座って」  先輩の真正面。机の真ん中に資料を挟んだ席を指される。 「あ、はい」  座って、追加の説明を受けて頷いた所で。 「急に手伝って貰って悪いね」  先生にそう言われて。  先輩が「勉強になるんで全然いつでも」と、笑ってる。  ――――……本心だろうな。絶対。 「オレもいつでも手伝いますよ」  ――――……半分本心。  まあ確かに、勉強にはなる。  でも……先輩がここに居ないなら、別にオレは、ここに来なくてもいい。  だから、半分は、嘘。 「ありがとう、2人共」  ふ、と笑った先生は、「ああ、そうだ」と言った。 「とりあえず、飲み物買ってくるよ。何が良い?」 「え、いいんですか?」 「うん。好きなの言って」 「あ、オレ買ってきますよ?」 「いいよ。資料進めてて」 「あー…… じゃあ、ミルクティーお願いします」 「四ノ宮くんは?」 「ブラックのコーヒーをお願いします」 「了解。行って来るね」  先生は、椅子に掛けていた上着から財布を取ると、これまた絵になる感じで、手を振りながら、教室を出て行った。 「――――……」 「――――……」  出て行った瞬間。  先輩が顔を上げて、オレを見つめる。 「――――……何ですか?」 「……あのさあ。四ノ宮、さあ……」 「はい」 「――――……いや、やっぱ何でもない」 「は? 気になるんですけど」 「……いや、だって――――……」 「……なんですか」 「なんか怒ってない?」 「オレが、怒るような事、なんかしました?」 「……してない」 「じゃあ、怒ってないんじゃないですか」 「――――……」  先輩はそこで黙って。  ふ、と息をついて。  また資料に目を通し始めて。  それからしばらくして。  ふと言ったのは。 「――――……四ノ宮って、オレの事、嫌い?」  とか言い出した。 「……何でですか」 「――――……だって。すぐ怒るしさ」 「だからオレ、怒ってないって」 「――――……お前さあ」 「――――……」  先輩の声が少し変わるので、口を閉ざすと。 「オレの前で愛想笑いしないのはいいし。そうするといっつも仏頂面な感じだけど、別にそれもいいけど――――…… 怒ってるのも、なんか分かるんだよ。怒ってるのに何も言わないのは、オレ、嫌だ」  んな事言われても――――……。  怒ってる訳じゃない。  ――――……あれで怒るとか。  ……そんな権利はないのも分かってるし。 「……オレのこと、嫌いだから、いっつもそんな感じになっちゃうなら」 「――――……嫌いな訳ない」  とりあえず、それだけは絶対。 「――――……嫌いなら、あんたが居るとこに、来ない」  先輩は、少し困った顔で、オレを見つめて。  しばらく。無言になってしまった。

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