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第64話「ずっとこの顔」*大翔

 しばらく無言だった先輩は。  ムッとしてた顔の険を少し解いて、息をついた。 「……嫌いじゃないならさあ」 「――――……」 「……怒ってるなら言ってよ」  先輩がそう言って、オレをまっすぐ見つめる。 「分かりました」 「じゃあ今のは? 何?」  急に乗り出し気味。 「だから今のは何も怒ってませんって」 「うそだね、なんか、すげームッとした顔してたし」 「――――……してませんよ」  怒る権利なんてないし。  別に――――…… オレがあんたに、怒って言う事じゃない。 「なんで隠すの?」 「隠してませんて。早くこっちやりませんか?」  オレが、なるべく普通の顔で、普通の口調でそう言うと。   「――――……まあ。そっか、先こっちか」  先輩は少しため息を付いて。  それでまた、もういいやと切り替えたのか。黙ったまま、資料に手を伸ばした。 ◇ ◇ ◇ ◇  先生に飲みものを貰って、飲みながら、どんどん資料を読み進めていく。  かなり集中してやり続けて、ふ、と小さく息を付いた時。  多分その僅かな息に気付いたのか。 「――――……やっぱり手伝って貰うと早いね」  少し離れた所に座って、別の資料を見ていた先生が、こっちを見てそう言った。 「2人共優秀だから。随分減ってきたよ。ありがと」  ふ、と笑みながらこっちに近付いてきて、壁の時計を見上げた。 「もう2時間か。そろそろ切り上げようか」 「でもまだ、結構残ってますけど」  先輩はすぐそう言う。 「先生が平気なら、オレはまだ大丈夫ですけど」 「お腹空かない?」 「いつもまだ夕飯食べてない時間だし。まだ全然平気です」  ――――……ほんと。  人が良い、返事。  多分これが素なんだから。オレにはよく分かんねえけど。 「四ノ宮くんはどうする?」  掛かってきた声に、すぐに、大丈夫ですよ、と伝える。  分かってる。オレが、何でここに残りたいか。  オレのこれは。手伝いがしたい、訳じゃない。  ――――……ここに先輩を1人で残したくないから。  でも逆に、気にしてるような事がこの2人には起こらないだろうっていうのも、分かってる。  なのに、何で残りたいか。  ――――……謎すぎる。  その時先生のスマホが音を立てた。 「もしもし――――……ああ……こんばんは」  通話をしながら、オレ達に視線を流し、廊下に出て行った。 「……四ノ宮、ほんとに大丈夫? オレに付き合ってくれなくても大丈夫だからね。オレ今日、ほんとにどうしてもな用事なかったし」  にこ、と笑ってそう言って。  そのまま資料に目を向けてる。  ――――……どうしてもな用事、無かった。  ……どうにか出来る用事はあったって事?  つーか、あれなんだよな。  先週クラブで会ったの――――……木曜なんだっけ……。  今日この後行く気なのか。  明日ゼミだし、その後、合コンとか言ってるし。  さすがに毎週は行かないか……。 「――――……あのさ、先輩」 「んー?」 「今日一緒にご飯食べません?」 「――――……」  きょとん、とした顔で、オレを見てくる。 「……でもお前、さっき怒ってたんじゃないの?」 「怒ってないって言ってますよね」 「あ、ほんとに怒ってねえの? ふーん……」  先輩はちょっと苦笑いして。  それから、オレを見て。 「もうすこしさあ……分かりやすくしてくんない?」  そう言って、持ってた資料をトントンと揃えてる。  少し俯いて、見える首筋に。こないだの痕はもう消えてる。  分かりやすく――――……しなくても、大体あんたが言う事はあってるけど。  これ言うと、また怒ってた理由を問われるから言わない。 「じゃあいいよ」 「え?」 「えって何? ご飯食べようよ一緒に」 「ああ。――――……はい」  少しぼーっとしてたら、返事がおかしくなった。  すると、先輩。 「今オレの事誘ったよね???」 「誘いましたけど」 「……あーよかった。 なんか、盛大に空耳だったのかと思っちゃったよ」 「は?」 「……だって、いいよって言ったら、えっていうんだもんなー」  ぷ、と笑い出す先輩。 「ほんと、四ノ宮、変な奴」  あは、と楽しそうに笑ってる。 「何食べるか考えながらさ。早く終わらそ」  言いながら、先輩はまた資料に目を通し始める。  ――――……楽しそうで。  なんか。  ――――……ずっとこの顔がイイって。すげえ思う。

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