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第122話「かけらも」*大翔
「大声で応援してくれた人にお礼が言いたいって言うからさ」
弟のセリフを思い出して、クスクス楽しそうな先輩。
――――……そんな笑顔を見てると、ふと思うのは。
「――――……」
手を、先輩の頬に、触れさせた。
「――――……しのみや?」
びっくりした顔。
オレ、雪谷先輩に、笑っててほしいんだよな。
楽しそうに。
ずっと、その顔で。
「――――……」
……ああ、何か。
触ったら、笑顔、消えたな。
触んなきゃよかった。
そっと、手を離す。
「……はい、どーぞ」
持ってたカフェオレを、先輩に返すと。
ぽかん、とした先輩は。
「……っっ」
ものすごく複雑そうな顔で赤くなって。
ぷい、と顔を背けて。カフェオレ、飲み始める。
「怒ってます?」
「……別に」
「じゃあこっち向いててよ」
「――――……やだ」
「じゃあオレがそっち側、行くけど」
「……っ……」
もう、ほんとにお前って、意味わかんねえ。
オレを振り返った顔に、はっきり書いてある気がして。
ふ、と笑ってしまう。
オレが笑うと、益々、むー、と眉をひそめて。
でも、何も言わず。また膝抱えて、マグカップで、顔、隠してる気がする。
――――……膝抱えて座んの、癖?
なんかこんな感じで、家で1人で座ってんのかなーとか思うと。
何だかちょっと、たまらなくなる。
「――――……今は、眠くない?」
「……うん」
「1人に、なりたい?」
「――――……ここでいい」
ここで、いいんだ。
そっか、とちょっと微笑む。
「なんか、甘い物でも食べますか?」
「んー……うん」
「葛城がこないだ持ってきたなんか箱に入ったチョコがあるけど。それでいい?」
「うん。ありがと」
こういう会話なら、普通にしてくれるらしい。
オレは立ち上がって、キッチンの棚から、チョコの箱を取り出した。
開くと、ざっと50個くらいのチョコが並んでる。
先輩の隣にまた座って、ん、と見せた。
「すごいね、たくさん」
「全部食べても良いですよ」
「え、何で? 食べないの?」
「食べても、1つ2つなんですよね。好きなだけどうぞ」
「でもさすがに限度があるけど……いただきまーす」
オレの手の箱から、チョコをひとつ取って、ぱく、とくわえる。
「これ、美味しい」
「どれ?」
「これ」
先輩が指したのを、ぱく、と食べる。
「どう?」
近い。チョコの箱挟んで、すぐだからなんだけど。
少し顔、ひきつつ。
「……ん、美味しいですね」
そう言うと。「だろ?」と笑う。
「なんかすっごい高そうな味がす――――……」
クスクス笑いながら、言う先輩の、項に触れて、引き寄せた。
「しの――――……」
キスして、深く唇を重ねると。頭を引いて離れようとするけど。
ぐ、と押さえると、不思議と、そこまで抵抗、しない。
「……ふ――――……」
舌を絡めると、甘いチョコの香りが、鼻を抜けてく。
なるべく優しく、キスして、離す。
「……あまいね」
「――――……」
先輩は、ものすごく何か言いたげに、じっとオレを見つめる。
「――――……先輩」
「――――……」
「カズキってさ……先輩に何したの? いつかちゃんと、教えて」
「――――……」
先輩は、困ったように視線を逸らして。
それから、ふー、と、息を吐いた。
「……つか、超自然にキスすんの、やめろよ。なんか動けない。宇宙人、魔法使えるとか……?」
言われて、苦笑いが浮かんでしまう。
「使えるなら、使いますね」
「……怖い」
ふたつめのチョコを摘まんで、ぱく、と食べてる先輩を見ながら。
カズキのこと。
この人の中に、かけらも残さず、捨てさせたいなあ……。
なんて、思う。
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