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第123話「人良すぎ」

 いくつかつまんで、先輩は、「ありがと、美味しかった」と言った。 「もう良いの?」 「うん。十分。ありがと」 「ん」  蓋を閉めて、とりあえずチョコを片付ける。  時計を見て、夕飯どーすっかなー、とか考えていたら。  先輩が歩いてきて、マグカップをテーブルの所に置く。 「どうしました?」 「あのさ、ちょっと……」 「はい」 「やっぱり、帰ろうかと思って」  ――――……そう来るか。   「どうして?」 「……四ノ宮に迷わ」 「迷惑じゃないよ」  言うと思った。最後まで言わせずに遮ると。先輩は固まる。 「――――……あのさ」 「……何ですか?」 「――――……キスもセックス、すんのも……オレ、慣れてる、よ」  そのセリフに、先輩の顔を見ると。  視線は合わせずに、何だか、下を見つめてる。 「……はい」 「……今までも、男としかしてないし」 「知ってますけど」  答えると、少し黙って、それから先輩はオレを見上げた。 「……何でそんな、嫌なの、オレが他の奴とすんの。――――……百歩譲って……いや、一万歩くらい譲ってさ。お前がオレを好きって言うなら、分かるけど。オレに恋人が出来たら、それで良いとか。……好きでもないのに、こんな事に付き合うとか、全然意味がわかんない」 「――――……」  ……まあ。確かに。そうなんだけど。  ――――……そんな当たり前の事言われたって。今更、退くわけない。  それに今、あんたのことが好きだからなんて言ったら。  絶対に、今よりももっと、逃げ腰になるだろうに。 「……でもさ。先輩」 「――――……」 「協定結んだでしょ。……ある意味、オレにとって、あんたって、特別。それに、ゼミも一緒で、家も隣で、なんかすごく近い。そんな人がさ、昨日みたいな事になって、ひどい目にあうかもって思ったら、オレは、嫌なんだけど。分かんない? 逆に、オレがそういう事、しようとしてても、先輩は、いってらっしゃいって、言えんの?」 「――――……」  む、として。  少し、俯く。  ……言える訳ないよな。  オレより、絶対この人の方が、そんな事、言える訳ない。 「だから絶対嫌だし、無理。でもって、先輩に恋人が出来るなら引くけど、ちゃんとそこそこは好きだし、もう出来るのも分かったし」  近づいて、先輩の目の前に立つ。 「――――……そこそこって……そんなんで、男に興味ないくせに、セックス、できんの……?」 「昨日できたし。今からでも出来るよ」  先輩の眉が寄る。 「とりあえず、なんだけどさ。とりあえずしばらく――――……他の奴と、すんのやめてくれません?」 「――――……」 「オレ、ばらさないし、先輩をひどい目にも遭わせないし。ちゃんと、気持ち良くしてあげるから。薬なんか、使わない方が気持ちいいって、言わせるから」 「…………っっっ」  真っ赤。  何か言ってくるかと思ったら。  言えないのか。  ――――……この反応って、遊び慣れた奴の反応とは思えないんだけど。  知ってる奴とすんのには、慣れてないのからか。カズキだけ、か。  一晩……というか、セックスの間だけ。  その行為だけ、なら。  没頭すればできるっつーことなのかな。 「――――……っお前、ほんと、人からかうのも……」  そんな風に言う先輩の、逸らされた顎を捕らえて、オレの方に向ける。  ゆっくり、キスする。  ぎゅ、と目をつむって、口、開けないし。  必死なのが少し可愛くて。ふ、と笑ってしまい、少し離す。 「からかってなんか、ないよ」  そう言って、至近距離で見つめると。 「……オレ、お前とする気、ないってば」 「――――……何されるか分かんない他人とは出来るのに、何でオレとは無理なの? だってオレ、もうばらしたりしないって分かってるでしょ。何が問題なの?」 「……問題しかないし」  ……ふーん。  問題しか、ない。ね。 「ああ――――……なるほど」 「……?」  少し。……煽ってみる事にする。 「オレとセックスしてたら、オレの事好きになっちゃうかも?」 「――――……」 「だから嫌なの?」 「……そんな訳、ないじゃん」 「どうかなー。先輩、情に弱そうだもんね。そっか。そういう事か」 「っ違うってば」  すぐムキになる。……思う通りに。 「じゃあ、何? 何の問題がある?」 「――――……」  先輩は、また黙ってしまった。 「……とりあえず、迷惑じゃないから。帰らないで。とりあえずオレ、夕飯考えるから。先輩は、今オレが言った事、考えていいよ」 「――――……」  先輩は、あー、もう……という顔で、息をついて。  またソファに座りに行った。  ……帰るのは、保留にしたみたいだな。  ――――……別にオレに納得されなくても、帰ったって本当は良いのに。  それは、できないんだよな、先輩は。  ……人よすぎ。心配になる位。

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