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第151話「呼び捨て」*大翔

 ……あと。名前。  呼びたい。   「奏斗」 「呼び捨て、やだってば」  脚の間に入れたまま、後ろから呼んだら、もうほんとに速攻で嫌がられた。 「じゃあ、奏斗さん、は?」 「奏斗……さん? ――――……え、なんか。四ノ宮に呼ばれるのは、嫌」 「何で。呼び捨てじゃないじゃん」 「……なんか気持ち悪い」  む。何だそれ。   「じゃあもう、奏斗でいく」  言うと、先輩、すっごく嫌そうに振り返る。 「もー、先輩、でいいじゃん。何で変えたいの」 「何で? そんな大した理由ないけど」  嘘。  ――――……多分、和希に名前で呼ばれてたから、下の名前で、誰にも呼ばれたくないんだろうし。だから、友達も皆「ユキ」とか名字なんだろうなと思うから。ムカつくから、絶対名前の方で呼んでやろうと思ってる。  とは。絶対言わねーけど。  ――――……つか、オレ。  本音でとか言って、結構言えない事あるな。  ……でもこれは。なんか、違う。  今のこの人にはきっと、言わないほうが、良い事だから仕方ない。 「奏斗先輩」 「――――……」  まだ言うか、とばかりにオレを見る。 「……でも奏斗先輩って、毎回呼ぶには、なんか長いなー……んー」 「――――……」 「奏斗でいい? 外では、先輩、て呼びます」 「もー…………」  はー、とため息。 「――――……今日だけ、それで呼んでみて」 「それって? 奏斗でいいの?」 「……どうしても慣れなかったら、やめてよ? 良い?」 「ん、分かりました」  頷いて――――……試しでも許可が出たのが、なんかすごい嬉しい。 「……奏斗?」 「――――……」 「どう?」 「――――……違和感しか無い」  その言葉に、もう笑うしかない。  別に、呼び方なんて、ほんとは、どうでもいい。  ――――……ただ、この人が、和希に結び付けてこだわってるものを、全部壊したいだけ。 「奏斗」  耳元で囁くと、またびくっと避けられた。 「っそれやめろよ」  振り返って睨まれるけど。  ――――……後ろからぐい、と引き寄せて、先輩の前に腕を回して、抱き締めてみた。 「ね……さっきさ、オレにいっぱい触られたでしょ」 「――――……っ」  後ろから囁くと、体、びく、と固まる。 「……もう、一人でも、できそう?」 「――――……何言ってんの。もう」 「オレの手、思い出せそう?」 「……っ」 「オレの手、忘れそうなら。このまま、また触ってあげてもいーけど」 「っっ」 「どっち?」  暴れそうなのを軽く押さえといて、聞くと。 「……わ、すれないから、触んな」 「――――……ほんとに? 忘れない?」 「……っあんなにされたら、忘れられないって。つか、しばらくしなくても、全然平気――――……」  …………って、オレは一体何を言ってるんだよ、もう……と、ぶつぶつ呟いて、俯いてる。  何だかオレはすごく気分が良くなって。先輩を離して、そのままベッドから立ち上がる。 「そろそろ昼ご飯、作るんで。手伝ってくださいよ」 「……うん。何つくるの」 「んー何にしようかな……」  先輩の手を引いて、立たせて。そのまま引いて歩く。 「――――……お前、オレの事なんだと思ってる?」 「ん?」 「……手繋がないでよ」 「いいでしょ、今更、手くらい」 「――――……」  不満気だけど、振りほどきはしない先輩を引っ張って、キッチンまで、歩く。  

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