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第161話「ムカつくんだけど」*奏斗

 電話を無視して切れると、マグカップを一つ出した。  ……それから、もう一つ、出して。  二つに注ぐ。  ――――……これは。  自分で、あとで飲む用だし。  ……別に、四ノ宮のじゃないし。  このコーヒーサーバーとかドリッパーとか、先に洗おうと思ってるだけだし。  と。……一人なのに、何だかよく分からない言い訳をしながら、洗い物を済ませた。  牛乳、入れよ。  冷蔵庫から牛乳を取り出して、一つに入れて。  ――――……なんとなく手が 止まる。  その時。  こんこん、と変な音。  ……何。  音の方を見に行くと。  玄関のドアが、コンコン、とノックされる音。 「……誰」 「オレ。つか、オレじゃなかったら怖いでしょ」  四ノ宮の笑いを含んだ声。 「開けてくださいよ」 「やだよ。勝手に紅茶入れて寝ろよ」 「開けてって、奏斗」 「やだ」  オレの言葉に、四ノ宮が少し黙ってから。   「……奏斗の入れたコーヒー、飲みたい」 「――――……」 「イイ香りだし。美味いから」 「――――……」  ……ずるい。  ――――……そう言われると。開けたくなってしまう。 「……ちゃんと帰るから。飲ませてよ」 「――――……ほんとに、帰る?」 「奏斗が帰れっていうなら帰る」 「――――……」  一度俯いて。  ……オレは、息をついて。鍵を開けた。  すぐドアが開いて、四ノ宮が入ってきた。 「――――……ここからイイ香りするね」  なんて言いながら、鍵を閉めて、上がってくる。 「――――……奏斗」 「え」  ぐい、と腕を引かれて。  壁に、背中を押し付けられた。 「は……?」 「……ドアが開いたら、絶対しようと思ってたこと、していい?」 「――――……何?」  上向かされて。返事が来る前にもう。  唇が触れてきて。キスされる。 「……っ? ――――……ぅ、ン ……」  壁と、四ノ宮の腕に挟まれて。動けないまま、舌が絡んでくる。 「し、の――――……」  舌、全部奪われるみたいな、キス。 「……っは……ン……っ」  少し離れて、息を吸おうとした唇をまた塞がれる。 「ん、ぅ、ん……っ」  苦しくて。声が、喉の奥から、漏れていく。  息が、熱くて。  キスが嫌いとか。頭の隅では思うのに。  大した抵抗もできないままに、キスされる。  がく、と膝が抜けて。四ノ宮に支えられた 「っと――――……大丈夫?」  オレを腕に抱き止めて、四ノ宮が覗き込んでくる。 「……っ大丈夫じゃない……っ!」  バカ。もう、バカ!!!  にらみつけてると。  四ノ宮は、ふ、と笑んだ。 「とりあえず、気が済んだ」 「はあ?? もー、どーゆー事だよ……っ」 「オレよりいいとか言うから」 「え?」 「……クラブの男。オレよりいいとか言うからだよ」  べ、と舌を出される。 「……はあ??」  何それ。さっきの話?  ……お前より、良いって言ったから?  「ムカつくから、めちゃくちゃキスしたくなっただけ」 「~~~っもー、帰れ!! もう!」 「嘘でしょ。コーヒー飲ませてよ」 「……っっもう、お前、マジで嫌い。離せよ!」 「はいはい」  クスクス笑う四ノ宮から離れて、キッチンに向かう。  味も香りもしない位に、牛乳、めちゃくちゃ入れて飲ませてやろうかな。  もう、ほんと、ムカつく。 「――――……」  そう、思いながらも。結局入れずに、牛乳を冷蔵庫に戻す。 「座るね?」 「……勝手にしろよ」 「勝手にするけど」  オレのトゲトゲした返事なんて気にも留めず。  楽しそうに笑うと、四ノ宮はテーブルに座り、オレを見つめている。 「……」  ムカつくので、無言で、マグカップを四ノ宮の前に置く。 「ありがと。――――……やっぱ、すごい、良い香り」  ふ、と笑顔の四ノ宮。  すごく、むかつくんだけど。  ――――……一人で、色々考えてた、何かよく分からない、嫌な気分は。  何だか少し。  なくなった、ような。気がする。

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