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第162話「距離感」*奏斗

   向かい合わせで座って、何となく黙ったまま、コーヒーを飲む。  キスされて、膝が抜けるとか。  ……信じられない。  なんか頭ん中、真っ白になって、そっちに神経行かなくて、ふ、と力が、抜けちゃうんだけど。――――……こんなの、なったこと、ない。  何でそんなに、キス、うまいんだ。  どんだけしてきたら、そんなになるんだ。  あー、むかつく。 「――――……」  1人でムカムカ考えていたら、ぷ、と笑う気配。  コーヒーを見ていた視線を、ちょっと上げて四ノ宮を見ると。 「何か、怒ってます?」 「――――……別に」  オレがそう言って、また視線を逸らすと、またクスクス笑われる。 「奏斗、髪、乾かしてないよね」 「……すぐコーヒー淹れてたから」 「オレがアイスティー入れるって言ったのに」 「……入れ方知らないんじゃん」  呆れたように言われて、む、として言い返す。 「いざ入れようとしたらちょっと困っただけ。あんまりアイスティー入れようとした事なかったから」 「――――……コーヒーのが好きなんでしょ」 「まあ、そーかな……」  言いながら、四ノ宮は立ち上がった。 「奏斗、ドライヤーどこ?」 「洗面台の引き出し……何で?」 「借りる」  そんな風に言いながら、居なくなってしまった。  帰って来た四ノ宮は、リビングの端にコンセントを見つけると、そこに差し込んだ。 「奏斗、ここ、座って」 「え。オレ?」 「つか、オレ濡れてないでしょ。早くこっち来て」  言われるまま、四ノ宮の前に座ると、ドライヤーのスイッチが入った。  ふわふわ、優しく触られて、髪、乾かされる。 「――――……」  ――――……何だかなあ……。  ほんと。  ……何だかな。    何か話しても、ドライヤーの音で聞こえなそうなので、黙ったまま、ぼー、と考える。  ――――……オレ。ずっと和希が親友で。  でも、ずっと、和希の事が好きだったから。  だから、普通の「親友」がよく分かんないんだよな……。  友達はいっぱい居たけど、スマホ、変えてから、連絡取ってないし。  大学の友達は仲いい奴、結構いるけど。皆、一緒。  遊びに行ったり、ご飯食べたり、旅行行ったりもするけど、皆の事が同じように好きで、特別に誰かひとりと仲良くは、してない。  ――――……今四ノ宮がしてるこれって、普通する??  コーヒーを一緒に飲むのは、有りだよな。  まあ、離れて住んでたらしないけど、隣だから、夜でも、さっと来れるし。    ドライヤー……。  ……ドライヤーはしても変じゃない?  でも、絶対、キスはしないよな……。  手つきが、すごく、優しい。  なんか。眠くなってくるなあ……。  しばらくして、四ノ宮がドライヤーを切った。 「はい。終わり」 「……ありがと」 「いーえ」  言いながら立ち上がって、ドライヤーを片づけに行ったみたい。  オレも立ちあがって、椅子に座ると、少し冷めた気がするコーヒーを飲む。 「――――……」  戻ってきた四ノ宮は、向かいには座らず、オレの隣に腰かけた。 「なに? 複雑な顔して」 「ん。別に……」  言いながら、コーヒーを飲む。 「奏斗の髪って、猫みたい」  クスクス笑われる。 「柔らかくて、ふわふわ」  言いながら、手が伸びてきて、髪に触れる。  今まで散々触られていたから、特に抵抗も出来ず、固まっていると、四ノ宮が、ふ、と笑んで手を離した。 「――――……触んなって、言わないの?」 「……だって、今までずっと触ってたじゃん……」 「そーだけど。ドライヤーする目的が無くて、いまはただ、触りたかっただけだし。絶対、触んなって言われると思った」  クスクス笑いながら、オレを見て、そんな風に言う。  ――――……そう言われれば。そうだな。  やっぱオレ、正しい距離感が、全然分からなくなってるかも。 「……つか。奏斗が、猫みたい」  そんな風に呟いて、四ノ宮は、ふ、と笑む。

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