162 / 516

第165話「触らないであげる」*大翔

 奏斗の家、出てきた。  ほんとは、無理やりでも、連れてきて、ベッドで抱き締めて寝たかったけど。家に入るために、言ってしまった言葉が、邪魔をした。  ――――……帰ってほしいなら帰る、なんて言わなきゃよかった。   もう二度と言わねえ。  歯を磨いて、少しの間だけリビングで過ごした。  でも――――……多分もう来ないと思う。  自分からは来ない。  もうなんか、何もする気が起きなくて、オレは、ベッドに入った。  一人になると、考えないようにしていた夕方の事が、浮かんでくる。 「――――……」  一緒にワインを買って、リクさんに渡しに行った。    奏斗に飛んでくる視線にムカついて、もう一刻も早く出ようと思ってるのに、リクさんがお礼に飲み物を奢ってくれる事になってしまった。  ……帰れねーじゃん。  つーか、一人。ものすごく、奏斗に視線を送ってくる奴が居るし。何あいつ。あー、早く、連れて出たい。  そんな風に思っていると、リクさんが、アイスティーを持って、テーブルに置いた。  マジで、一気飲みして帰りたい……。  思った時。 「あ、ユキくんさ、カウンターのあの子のとこ行って、摘まむもの選んできて? 今頼んできたから」  リクさんがそう言って、奏斗をカウンターに向かわせた。  ――――……何か変だなと思った。  だって、今、アイスティー取りに行ったんだから、別にトレイとかにのせれば一緒に持ってこれただろうし。  ていうか、この場合だと、オレが取りに行って、奏斗がリクさんと話すだろ、普通。奏斗に取りに行かせる意味が分からない。そう思った時。 「……四ノ宮くんさ」  案の定、少し声のトーンを落として、オレを見る。 「――――……やっぱり、我慢、出来なかった?」  じっと、オレを見据えた上での言葉に、オレは、咄嗟に答えられず。 「――――……何がですか」  なるべく感情を押さえて答えたけど。  リクさんは、少し黙ってから、ふ、と笑った。 「あー、もういいや。分かった」  ……何が分かったんだ、と思うけど、なんだか全て悟られてる気がして、ほんとにこの人謎だなと、眉を寄せてしまう。 「――――……四ノ宮くんは、男に興味、ないんだよね?」 「――――……」 「無かったのに、無理だった。――――……まあ、しょうがないよね。ユキくん、可愛いもんね」 「――――……」 「――――……まあでも、そこはさ。事故みたいなもんだと思いなよ」 「――――……」  何が言いたいのか、真意をくみ取ろうとと、じっと見つめた。 「しょうがないよ。そこらの女の子より可愛いし。それ以前から、四ノ宮くんはユキくんを大事に思ってたんだろうし。それが乱れてたら、まあ、衝動的にっていうのも少しは分かる。――――……けどさ」 「――――……」 「……ユキくんが、ここでしてた事――――……知ってるんだよね?」  返事はしていないが、リクさんは、勝手に話を続けていく。 「……詳しく知らないけど、きっと、それをするだけの理由があるんだよ、ユキくんには。あんな感じの子が、一夜限りの相手と、しかも一度だけで二度目はない、そんな関係しか持たないなんて、絶対訳があると思う。……知ってる?」 「……いえ」 「……四ノ宮くんは、ノーマル、でしょ。男と恋愛関係なんて、無理じゃないの?」 「――――……」 「……今一時の感情で、ユキくんと居て、いつか捨てるならさ。もう二度と、触らないであげてほしいな……」 「――――……」 「……オレが言いたいのは、それだけ。どうするかは、もちろん、四ノ宮くんが決める事だけどね」  ちょうどそこに、奏斗が戻ってきたから、話は終わった。  ……まあ、もともと、そこで終わらせていたんだと思うけど。  リクさんとのそんな会話を思い起こすと、何だかものすごく複雑な気持ちになる。  ――――……触らないであげてほしい、とか、言われたけど。  その意味も、少しは分かるし、考えたけど。  ……奏斗が目の前に居ると。  キスして、触れたくなる。    そのまま、抱き締めて、オレのとこに無理やりにでも、引っ張り込んで。  触れていたくなる。  今も。本当は、そうしたいけど。   無理矢理しすぎるのも――――……と、少し引いたけど。  これが正解なのかは、分からない。  オレが何がしたいか聞いてたけど。  こういうことは、もうやめようって、言ってたけど。  ――――……受け入れられる気は、全然しない。    絶対、奏斗からはオレの所に、来ない。  だから今日は、もう、このままなんだろうな。  分かってたけど。  また一人で、小さくなってたりすんのかと思うと。  なんか。ほんとに、よく分からねー気持ちになる。

ともだちにシェアしよう!