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第179話「もう、昔のこと」*奏斗
シャワーを浴びてタオルを首に掛けた。
水気を拭き取って、ドライヤーで乾かし始める。
「――――……」
オレ最近、自分ちで寝てないような……。
日曜の夜だけだよな、ここで寝たの。……それ以外は四ノ宮と寝てる。
……何してんだろ。ほんとに。オレって。
ふー、と息をついたその時。スマホが振動し始めた。
四ノ宮かなと思いながら、ディスプレイを見ると、大地だった。
「――――……」
何となく、またため息をついてしまいながら、ドライヤーを消して、通話ボタンを押す。
「……大地?」
『あ、先輩?』
「うん」
『さっきはごちそうさまでした』
「うん、どういたしまして。……どした?」
聞くと、しばらく、沈黙。
「大地?」
『あの……先輩。オレ――――……』
「うん」
『……高校の時から、ずっと、話したいことがあって』
少し考えたけど、何も浮かばない。
「うん、何?」
『……少し、驚かせてしまうかもしれないんですけど……』
「そうなの?……うん、いいよ。何?」
何だろう。
大地は、いっつも明るくて、思うことポンポン言って、チームでもムードメーカー。
……高校からずっと言いたかったとか。そんな、言いたいことをためとくような、そんなタイプじゃ絶対ないのに。……何だろ。
『オレね、先輩……』
少しの沈黙の後、大地が静かに話し出した。
『高校ん時さ……カナ先輩とカズ先輩が付き合ってること、知ってた、というか……多分そうだろうなって、思ってて……』
「――――……」
どく、と、大きく心臓が震えて。
血の気がさあっと引いていく音。
「大地……?」
「あ、認めるとか、そういう返事はしなくていいです。どっちにしても、オレ、これ、誰にも言わないし……」
「――――……」
『それでね、先輩。……オレ、カズ先輩の送別会の時……カズ先輩とたまたまふたりきりになった時に……聞いちゃったんですよ』
「……何を?」
『引っ越しても、カナ先輩とは続けるんですよねって』
「――――……」
『カナ先輩、可愛いし、別れないですよねって。いいなあ…みたいな……オレ、確か、そんな風に言いました』
「――――……」
『もう最後だと思ったし、他にばらす気もないって、オレ伝えたし……でもなんか……すごく、驚かれたというか……カズ先輩が固まっちゃって……なんかオレ、すごい余計なこと言ったかもって……ずっと思ってて……』
何だか。
唇が渇く。持ってたスマホを、少し握りしめた。
「……うん……それで?」
『……引っ越した後、カナ先輩はカズ先輩の話に一切入って来なくなったし……オレが、余計なこと言ったからどうかなっちゃったのかな、って、ずっと気になってて……でも先輩は受験だったし、それ以上余計なこと言いたくなくて……卒業したら、どこかで会えた時に話そうかと思ってたら、全然会えなくなっちゃって……』
「……大地は、それで探してたのか? オレのこと」
『それだけじゃないですよ、普通に会いたかったですし』
「……ん。そっか。……うん。まあ、でもさ――――……随分前の話だし。気にしなくていいよ」
――――……心の中は。
ああ、そうなんだ。と、思うだけで。
口に出してるのと同じで、本当に、今更のことだと思っている。
「……別に大地のせいでどうかなったとか、そういうことじゃないから。今、話聞いたし。……もう、気にしなくていいよ」
『――――……先輩』
「ほんと、大丈夫だよ。昔の話だし」
多分、すごく気にしてたんだろうなと、思う。
――――……こんな昔のこと、これ以上、気にさせても可哀想だし。
努めて明るく、大丈夫を繰り返して、またご飯食べような、と言って、電話を終えた。
ゆっくり、スマホをテーブルに置いた。
そう。今更。
――――……別に……大地の今の話で、何かがどうなる訳でもない。
もう、昔の話だし。
大地のせいで、別れた訳じゃない。
そう思う。
ただ、すごく。
なんか――――…………手が冷たくなってる。
心が、冷たくて。
そのまんま、手が、冷えてるみたいだな……そう思って。ぎゅ、と手を握り締めた。
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