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第189話「何だかな」*大翔

   部屋から逃げていって顔を洗っていた奏斗の後ろに立つと、少しすっきりした顔でタオルから顔をあげた。  オレは奏斗が顔を拭き終えて歯ブラシをくわえるのを待っていたのだけれど。  奏斗はオレをじろ、と睨んで、少し後ろに下がった。入れ替わって洗面台で顔を洗って、歯ブラシをくわえた。  磨きながら振り返って、開いた左手で、奏斗の頬に、そっと触った。  むっとしながらオレを見上げて、触んな、という顔をしている。 「――――……」  何だろな。  ……可愛すぎるなんて、人生で初めて思ったぞ。  つか。  ……男だし。  ――――……一回限りとか言って、色んな奴に抱かれてきた人だし。何やってんだよ、て感じだし。正直、可愛いとかの対象としては、無いはずなのに。  ぶに、と頬を摘まむと、ますますムッとして、顔を退けて、歯を磨いている。  しばらく歯を磨き終えて、先に漱いでから、タオルで口を拭いた。  同じように漱いだ奏斗を軽く見下ろした。 「ホットサンドじゃなくてもいい?」 「……任せる」 「希望は?」 「――――……なんでも美味しいから、いい」  とか。そんなむっとしてる顔で、そんな、ちょっと嬉しいこと言われると。  なんか、やっぱり、可愛い。 「――――……」  オレは先に洗面所を出ようとしていたのだけれど、つい、すぐ近くにいた奏斗に軽くキスしてしまった。  いきなりの不意打ちだったからか、キスされた奏斗は、またかあっと赤くなって、今度はタオルを投げつけてきた。 「恥ずかしいんだよ、バカ宮!! そーいうのは、彼女にやれよ!」 「彼女なんて居ないし」 「……作れよ」  めちゃくちゃムッとしたまま、そう言う。 「欲しいと思ってないし」 「――――……それでも作りなよ」 「何で? 欲しくないから作んないよ」 「――――……」  ため息とともに、オレを見て、ふい、と視線を逸らす。 「コーヒー、淹れてよ、奏斗」 「――――……ぅん」  こういうのには素直に頷く。  諸々納得いってない時でも。  扱いやすいというか。素直だというか。  ……ほんとは、もともとは、全部こういう人なんだろうなと。  ――――……和希のせいで、部分的に色々拗れてるだけで。  早く忘れれば、いいのに。  そんな事を思いながら、一緒にキッチンに立って、準備しながら、奏斗を見つめた。 「そういえば……今更だけど、奏斗って食べられないものある?」 「あんまり無いかな……普通の物なら」 「そっか」  朝食の用意が出来て、二人で並んで座る。  ホットサンドはちょっと飽きたかなと思って、今日は、チーズトーストと、目玉焼きとベーコンとサラダと、コーヒー。 「いただきます」  さっきから、あんまり話してくれない。けど、いただきますだけはちゃんと言ってる。  今は、隣にも黙って座った。  言っても無駄だと思ってんのかもしれないけど。  でもそれでも良い。とにかく、オレが側に居ることが、普通になれば。  ――――……って。  ……だから。オレは。……何が、したいのって話で……。  オレが側に居ることを普通にして。  ずっと居て。    いつか、この人が誰かと付き合うのを見送る?   「――――……」  だから。  ……なんか。    すげえムカつくんだよな……。

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