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第216話「最悪」*大翔

   最初こそ、マークが外せなくて苦戦していたけれど、試合時間が経過するごとに、だんだん真斗の動きが良くなってきた。一旦、休憩に入って、ふ、と応援の力を抜いた。 「いいね、真斗」  そう言うと、奏斗も「うん」と素直に嬉しそう。 「一、二年の時って、普段あんまり試合とか見に行かないから。もう終わりかーって思うと寂しいけど」 「まだ勝ったら続くでしょ」 「うん。そうなんだけどさ。……そういえば、四ノ宮って、バスケ、強い高校だった?」 「うんまあ、県でトップの方」 「……補欠だったとか?」 「何でだよ。レギュラーだったし」 「……なんでもできるの、ほんとむかつく。補欠だったって言ってくれれば、ちょっと可愛かったのに」  なんだかよく分からないことを、ぶつぶつ言いながらミルクティーを口にしている。 「それで可愛いって思われても、全然嬉しくないけど」  苦笑いで言うと、奏斗はじろ、とオレを見つめた。 「じゃあ他のことで可愛いって言えば、嬉しいの?」 「……いや。可愛いは、嬉しくないな」  笑ってしまいながら答えると、奏斗は、オレには言うじゃん、とまたむくれている。 「オレだって、全然嬉しくないからね」  むっとしてるので、苦笑いでスルーしてみる。  でも――――……和希に言われるのは。  ……嬉しかったんだろ、とか。  少し頭をよぎる。 「四ノ宮?」 「……ん?」 「お前真顔だと怖い。何考えてた?」 「――――……失礼な。何、怖いって」 「……え、だって怖いし」  真顔になってたか。と、少し自分に呆れるが。怖いってなんだよ、と奏斗を見ると。 「……ごめん、なんか怖いって自然と出る」 「なんのフォローにもなってなくて、謝ってるけど、全然謝る気、ないでしょ」 「……まあ」  あはは、と笑いながら「あ、真斗出てきた」と、話を無理やり変えている。 「真斗、がんばれー!!」  奏斗が大きな声で言うと、真斗が一瞬振り返って、少し笑う。 「今度はオレの声に気づいたもんねー」  ……子供か。と思うような言い方で言って、ご機嫌。  まあご機嫌で楽しそうだから、いっか。  ――――……そう思った、時。だった。 「……カナ?」  背後で声がして。振り返ろうとした瞬間。誰かがオレの前を横切って。  奏斗の腕を掴んだ。 「奏斗?」 「――――……」 「カナ……」 「――――……か……ず……?」  さっき見た、あいつ――――……見た瞬間に、ぼんやりとしていたのがはっきりした。……和希だ。  奏斗は腕を掴まれたまま、呆然と、固まってる。 「カナ、オレ――――……」  和希は何か言いかけていたが、オレは、和希のその手を離させて、奏斗の腕を引いた。びっくりした顔で、奏斗はオレを見る。そこで、正気に戻ったみたいで、奏斗は、呆然と和希を見つめていた顔を背けて、俯いた。  「奏斗、オレ、お前に話が……」 「……無い」 「カナ……」  もう一度、和希が呼ぶけれど、奏斗は俯いたまま、首を振る。 「……とにかく、今、試合中だから」  オレが、和希を見上げて言うと。一瞬オレを見て、誰だろうと思ったみたいだが。 「……カナ、試合が終わるまで、待ってるから」 「――――……」  奏斗は俯いたまま、首を振って、嫌だ、と呟く。 「――――……嫌だって、言ってる」  オレが思わず眉をひそめて、奏斗との間に少し体をずらして言うと、和希は唇をかみしめて。それから、待ってるから、と言って、離れていった。 「――――……奏斗、行ったよ」  奏斗は、あ、と顔をあげて、オレを見た。 「四ノ宮……」 「……うん」 「……和希……だった」 「ん……ごめん、居るの、知ってた。言おうか、迷ってた」 「……え、何で、知ってた……?」 「……ジュース買いに行ったとき、江川が居て……聞いた」 「……あ、大地……なるほど…………」  奏斗の手が、オレの手首をぎゅと、掴んでて。  まるで助けを求めてるみたいなその手は、震えていた。 「大丈夫だよ。試合終わったら、連れて帰るから」 「――――……ん」 「話したいなら、見守るけど」 「――――……」  すぐに、首を横に振る。 「……話すこと、無い」 「後悔しないなら、いいけど」 「……しない」  声が震えてる。  オレは、手を奏斗の頬に触れさせて、顔を上げさせた。  周りは試合を見てて、こっちは見てないし……見られてもいいし。  奏斗も、そんなことを気にしていられる風ではない。  泣きそうな顔、してるから――――……なんか本当に、胸が痛い。  ……あの野郎、と、乱暴な言葉が頭に浮かぶ。  真斗の高校知ってるなら、見に来るかもって……伝えときゃよかった。  心の準備、出来たかもしれないのに。  ぐい、と頬を撫でて、離す。 「奏斗が嫌なら、すぐ連れて帰るから大丈夫。それより、真斗の試合見よう?」 「……あ、うん。見る」  奏斗が、やっとのことで自分で顔を上げて、コートの方に視線を向けた。  多分無意識に。  オレに捕まったまま、震えてる、手。  あー、なんか――――……ほんと、まだダメなんだな……。  そうだよな。  ……和希が奏斗の連絡先を聞いてたって聞くだけで、うろたえてた位、だもんな……。    ――――……最悪。  もう片方の手で、奏斗の手をぎゅ、と握った。

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