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第221話「普通に」*大翔
試合は、僅差ではあったけれど、真斗のチームが勝った。
良かった。これで負けてたら、奏斗の落ち込みが激しそうだったから。
「真斗!!」
デカい声で呼ぶと、真斗が振り返って、奏斗とオレに手を振る。
「おめでと!」
奏斗がそう言うと、真斗は笑って頷いた。そのまま、出ていく真斗を視線で追う。
「――――……帰ろ?」
真斗が見えなくなると、奏斗は少し振り返ってから、オレを見た。
「あ、奏斗、スマホ持ってて」
「え?」
「江川からOKが来たら、出よう」
「――――……」
少し考えた後、なんとなく悟ったらしく、奏斗がスマホを右手で持つ。
「……四ノ宮」
「ん?」
どんどん周りの席から人が居なくなっていくのを、ぼんやりと眺めていたら、奏斗に呼ばれる。
「何?」
少し俯きがちなので、首を曲げて覗き込むと。
「……あのさ」
「うん」
「…………和希は……なんて?」
「――――……」
表情は、読めない。オレと、目を合わせないから。
太ももの上に置いた手の平のスマホを見ている。
「……聞く前に考えておいて」
「……え?」
「後で話すけど。先に色んなパターン考えて、自分の気持ち、考えて」
「――――……ん。……分かった」
なんだか不思議そうな顔ではあったけれど、奏斗は頷いた。
もうすでに考えていそうな顔をしているので、オレが黙ると、奏斗もそのまま黙ったまま。
人気がなくなっていくのを、オレはなんとなく見ていた。
その内、客席には誰も居なくなって、下のコートに、大会の関係者ぽい、そういう人ばかり。
そろそろ出ろって言われるかな……。そう思った時。
奏斗のスマホが小さく音を立てた。
「あ。――――……大地から。OKだってさ」
「あ、ほんと。なんか礼でも入れといて」
「うん……」
少し待っていると、入れた、と奏斗。
「じゃあ、ごはん、食べに行く?」
そう言うと、うつむき加減でスマホを見ていた奏斗はオレを振り仰ぐ。
「な、四ノ宮」
「ん?」
「何食べたい? おごるって言っただろ?」
「――――……」
そういえばさっき言ってたっけ。
「考えながら、車、行きましょうか」
「うん」
ゆっくり立ち上がって、奏斗が背伸びをする。
「……なんか」
「ん」
「体が、固まってる」
「――――……緊張、してた??」
そう聞くと。オレを少し見上げて。
「すごく、してた、かも」
はぁ、と息をついた、苦笑いの顔を見てたら。
周りに誰も居ないこともあって、つい。
頬に触れて、そのまま、軽く、キス、してしまった。
「――――……は?」
奏斗がめちゃくちゃ驚いた顔で、手の甲で唇に触れてる。
「……あ。ごめん。つい」
苦笑いで奏斗に言うと、「ついじゃないし」と眉を寄せる。
「外だし、つか、軽くすんなってばもう、何なの、ほんとに」
「――――……うん」
「うんじゃないっつの! もう……」
ちょっと怒ってる。
また少し笑ってしまう。
――――……ため息ついてる困った苦笑いよりは、ずっとマシ。
しかもこれ怒ってるのは、オレに対してだし。
「……奏斗」
「――――……」
むっとしてるその頬に触れて、ぷに、とつまむ。
「……何?」
「――――……奏斗は何食べたい?」
「……人の顔に触って聞くこと?」
「……あぁ、そういえば」
手を引っ込めると。
「お前、ほんと変」
そんなことを言って、ふ、と笑う顔を見たら。
こっちも笑顔で返してしまう。
「オレなんでもいいから。奏斗が食べたいもの食べようよ」
そう言うと、え、いいの? と言いながらすぐ、じゃあ何にしようかなーと考え始める。
それを聞きながら、階段を上り始めた。
普通の顔で、普通に笑って、楽しそうにしてる方が、絶対良い。
……んで。
……その横に、ずっと居たい気がする。
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