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第229話「気持ち悪いとか」*奏斗

「一人?だよね?」  隣に座られて、否応なく、視線を向けた。  ……まあ顔は良いし……清潔感も、あり。  ……ていうか、見たことある、かも。 「――――……」  じっと顔を見ると、その人はにっこり笑った。 「あ、覚えててくれた?」 「――――……」 「ユキくん、だよね?」  小さく頷く。 「雪ってぴったりだなと思ったから、覚えてた」  ――――……名前は全然思い出せない。  でも、悪いイメージが浮かばないから、良い感じで終わって、良い感じで別れたんだと、思う。 「良かったら、またどうかな」  そう言うその人の手が、オレの背に触れる。  顔には出さなかったけど――――……なんでだか、ぞわ、として。  ……それは、感じたとかじゃなくて。……悪寒、みたいな。  あれ。  ――――……何。 「……あ、の、すみません……今日はもう帰ろうと思ってて」 「そうなの?」  残念だなあ、とか言って、まだ話を続けている。  背中の手が、気持ち悪い。どうしよう、と思っていたら。 「お客さん、今日その子、体調良くないみたいで」  戻ってきたリクさんが、一瞬で状況が分かったみたいで。  こちらに近づきながら、優しい口調で、そう言った。 「そうなの?」  体調悪くはないけど、リクさんの助け舟に頷かない訳がない。オレが頷くと、やっと背中から手が離れた。 「じゃあまた次の機会に。……あ、良かったら、連絡して?」  その彼は、オレに名刺を渡して、消えていった。  ――――……本名なのか偽名なのかも分からないけど。  名前と携帯番号が書いてある。 「……捨てとこうか?」  リクさんが苦笑いで言ってから、「あ、まだこっち見てるから、とりあえずポケットに入れといて、後で処分して」と笑った。 「あ、はい」 「四ノ宮くんに見つからないようにね?」 「――――……別に……」  あいつは、知ってるし。オレのこと。全部。してたことも。  今更名刺が一枚増えたからって別に。  そう思いながら、とりあえず、ポケットに名刺を入れて、何となく、背中を両手で擦った。  さっき。……気持ち悪かった、なあ……。なんであんなに。 「ユキくん、今日はもう、帰る? 何か食べてく?」 「……今日はもう帰ります」 「そっか。……気を付けてね」 「はーい。リクさん、また」  そう言って立ち上がると、リクさんはにっこり笑って、手を振ってる。  誰にも話しかけられないように、誰とも目を合わせずに、オレは店を通り抜けて、出口への階段を上った。  ドアの外に出ると――――……なんだか、ホッとした。  なんか、こういう感覚は、今まであんまりなかったかも。  相手を見つけて一緒に店を出て、ホテルを探す。  ――――……むしろ、少し緊張しながら出ていたかも。  ホッとしながら店を出たとか。初めてかもな……。  ……帰ろう、かな。家。  スマホの時間を見ると、まだ早い。  ――――……四ノ宮。どうしてる、かなぁ……。  今まで気にしたことなかったけど、鍵開ける音とか、それって隣に聞こえるのかなあ。どうなんだろう……。帰ったら呼び出しくらったりして……やだなあ。  なんて思いながら、スマホをポケットにしまって、歩き出そうとした時だった。進行方向の目の前に、背のでっかい人が立ちふさがった。  え、邪魔……。何……。  見上げると。 「――――……」  今、思ってた相手が、急に目の前に立つとか。  びっくりしすぎて、何も言葉が出ない。

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