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第230話「ホッとする」*奏斗

 驚いて、何も言えずに、ただ見上げていると。  ちょっとムッとした顔でオレを見ていた四ノ宮は、ふーと息をついた。 「相手は?」 「……相手?」 「見つかんなかったの?」 「――――……気分、乗らなくて……」 「ふうん……で、今から、どこ行くの?」 「――――……帰ろうかなって……」  そう言った瞬間。ふ、と四ノ宮が微笑んだ。  手首を掴まれて、歩き出す四ノ宮についてく。 「……え、どこ行く……」 「車で来たから。一緒に帰ろ」 「――――……」  ともすれば手をつないでるみたいに見えるのも分かってたけど。  なんだか、振りほどけず。四ノ宮について歩く。夕方の街は人も多くて、すれ違う人達は、誰もこちらに気づかないし、振り返らない。 「店に乗り込もうかと思ったけど……とりあえず中見たら、奏斗はリクさんのとこに居たし。あんたが、自分でやめなきゃ意味ないと思って、外で待ってた。もし誰かと出てきたら、彼氏の振りして修羅場演じてやろうかと思ってたけど――――……」 「……」  一体、何を言ってるんだ……。  修羅場演じるって……。  少し俯いて、四ノ宮について歩いているオレを、ふ、と振り返ってから。  四ノ宮は、また、笑った。 「誰とも出てこなかったから、許してあげるよ」 「――――……」  そう言う四ノ宮の顔は、なんだかすごく、嬉しそうで。  …………意味が分からない。  そもそも、四ノ宮に、許すとか言われることじゃ、ない。  と思うんだけど――――……。 「オレんち、帰ろ。肉を焼けば食べれるれようになってるからさ」 「――――……」 「あ、店で何か食べた?」 「……食べてない」 「そっか、良かった」  ふ、と笑いながらオレを見て。  パーキングに入ると、オレの手を離して、車の鍵をリモコンで開ける。 「……帰ろ?」 「――――……」  じっと見つめられて、そう言われて。  オレは。  少し視線を外したけど。  ――――……ん、と、頷いた。  さっきあんなに、背中に触れられるのが嫌だったのに。  ……手首をつかんでる手の熱に、ホッとしたとか。  ……意味、分かんないなと思いながら、車の助手席に乗り込んだ。  車を走らせ始めながら、四ノ宮がオレをチラッと見た。 「声、掛けられた?」 「……うん」 「何て?」 「……前にも会った人で、もう一度どう?って」 「それで?」 「――――……断った」  そう言うと、四ノ宮は、しばらく無言。 「何で、奏斗があそこに行ったのか――――……オレ的に想像してんのはさ」 「……?」 「一人で色々考えてたら、嫌になってきて、誰でもいいから気持ち良くなって何も考えたくないって、あほみたいに投げやりになった、って感じかなと」 「――――……」 「……でも、実際行ったら、こないだのこともあるし、少し怖くて、結局リクさんとしゃべって、誘いも断って帰ったきたとか……そんな感じ?」  ――――……うん。まあ。大体、あってる……のが嫌だけど。  でも、乗り気じゃなかったのは――――……別にこないだの怖かったことが原因じゃ、ない。  四ノ宮に電話して――――……気を付けてとか言われて。  そこからどんどん乗り気じゃなくなった、んだけど。  ……四ノ宮が、ていうのは……言わない方がいいよな。  意味わかんないし。 「合ってる?」  信号で止まると、四ノ宮がオレを見つめてくる。 「……大体は、あってる、かな……」  そう答えると。  四ノ宮は、むー、と口を閉ざしてから。  左手をオレの頭に置いて、くしゃくしゃと撫でる。 「……ほんと馬鹿だけど――――……自分で出てきたから、セーフかな?」  また嬉しそうで。  ……どうして、こんなことで、そんなに嬉しそうに笑うんだろうと。  四ノ宮の笑顔を、ただ、見ていた。

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