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第279話「普通は」*奏斗

    家に入って部屋着を用意して、すぐにシャワーを浴びた。  あんまり何も考えず、ただ、なんとなく全部綺麗に流してから、バスタオルで自分を拭いて服を着た。  髪を拭きながら、「ドライヤーはするから」という四ノ宮の言葉を思い出す。普通は、同じ位の年の男に言わないよな、そんなの。でもって、普通は、言われた通りになんかしない。 「――――……」  どうして、だろ。乾かしてもらえばいっか、と思ってしまう。……もう、四ノ宮のそういうのに、完全に慣れてるし……。いいのかな、これで。  思いながらも、髪から水分をふき取ったオレは、タオルを洗濯機に突っ込んで、さっき脱いだ服と一緒に乾燥までセットして回した。  キッチンに立って、お湯を沸かして、コーヒーを淹れる。  静かな時間。  四ノ宮が隣に居るなんて知らなかった時は、コーヒーを静かに淹れて、一人で、飲んでた。良い香りに包まれて、ただ静かに。  好きな時間、だったけど。  ……今は、オレが淹れるコーヒーを、あいつが美味しいって飲むのが、結構嬉しい気がしてる。  ピコンとスマホが鳴って、「もういつでもいいよ」と四ノ宮から。  淹れ終えたコーヒーとスマホと鍵、四ノ宮へのお礼に買ったお菓子とキーホルダーだけ持って、隣のチャイムを鳴らす。 「いらっしゃい」  すぐに迎え入れられて、お邪魔しまーすと言いながら、玄関の鍵置き場に自分の家の鍵を置かせてもらう。  リビングに入ってから、「はい」と四ノ宮にお菓子を渡す。 「ん? 何?」 「美味しそうだったお菓子。食べて。お礼」  言うと、ん、と瞳を緩めて笑う。 「あと、これ。キーホルダー」  二つ買ったそれを渡すと、四ノ宮はありがと、と笑う。 「コーヒー淹れるね」 「うん。よろしく」  マグカップを取り出して、コーヒーを注ぎながら、ふと気付くと、四ノ宮が今渡したキーホルダーの包装を開けて、何かしてる。鍵、つけてるのかなと思いながら、オレのコーヒーには牛乳を少し入れて、四ノ宮にはブラックのまま、テーブルの上に置いた。 「入ったよ」  言いながら、テーブルに座ると、四ノ宮が「ありがと」と言いながら、オレの隣に座る。 「……普通、前じゃないの?」 「今更」  今更だけど、やっぱり、普通はこういうテーブルだったら、向かい合わせに座ると思うんだよ。そう思いながらも、なんかもう反論する気もしなくて、コーヒーに口をつけると。 「はい」  そう言って、四ノ宮がオレの目の前にキーホルダーをぶら下げて見せてくる。 「……やっぱりこれ四ノ宮に似合わなくない?」  クスッと笑ってしまうと。 「結構気に入ってるけどね」 「そうなの?」 「うん。奏斗がめちゃくちゃ楽しそうだった遊園地のキャラだし。この顔が好きって言ってたってのもあるし」 「…………」  ……そういう理由で気に入ってるのか。……良くわかんないけど、まあいいや。  何でかずっと四ノ宮がオレの前にキーホルダーをぶら下げてるので、持って見てほしいのかと思って、手に受け取って眺める。 「可愛いよ」  笑いながら言うと、四ノ宮は、ふ、と笑んでから。 「それ、あげる」  そう言った。   ん? と意味が分からない。 「くれる?」 「うん。鍵ごと、あげる」 「――――……なんで??」  手の平の鍵を見てから、四ノ宮に視線を移すと、にっこり笑いながら。 「いつ来てもいいよって意味で。あげる」 「……いいよ、チャイム鳴らすから。居ない時になんて来ないよ?」 「さっきみたいな時も鍵持っててくれれば、オレのシャワーとか関係なく来れるでしょ?」 「……待ってるから、いいよ」 「いーから。じゃあ……オレが倒れてるかもしれない時とか、連絡取れなくなったら、見に来てよ」 「何それ」 「実家のお母さんに鍵とか渡してあるでしょ、何かの時のために」 「あるけど……」 「持ってて」 「――――……悪戯しに入るかもよ?」 「ん? ……いいよ、別に」  四ノ宮は面白そうにクスクス笑う。 「入っちゃまずい時に入るかもよ」 「……別にないけど。どんな?」 「分かんないけど」 「だから言ってるじゃん、いつ入っても、いいからって」 「…………預かるか、考えとく」  オレが言うと、四ノ宮は頷いてから、あ、と笑った。 「奏斗の鍵も一緒に着けちゃえばいいじゃん。ね?」 「――――……考えとく」  意味わかんね。  思いながら、鍵がはまったキーホルダーを、テーブルの上に置いて、コーヒーのマグカップを両手で持った。

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