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第280話「納得いかない」*奏斗

「あ、そうだ。髪、先に乾かしちゃおうよ」  そう言った四ノ宮に手を引かれて、ソファの方に連れてこられて座らされる。ドライヤーを持ってきた四ノ宮は、すぐにオレの髪を優しい手つきで乾かし始める。オレが少し振り返って目が合うと、楽しそうに微笑む。  なんだかなあ……オレ甘えすぎだよね……と、思ってしまう。  オレの髪を乾かし終えると、四ノ宮は、いいよと言いながら、ドライヤーを片付けに行った。  オレは立ち上がって、一人コーヒーを飲みながら、なんだかすごく、うーん……とモヤる。  すぐ戻ってきて、隣に座った四ノ宮を、モヤったまま見上げると、どしたの? と笑われた。 「んー……あのさぁ」  オレは、持ってたコーヒーを一口飲んで、マグカップを置いた。 「オレ、ちょっと話がある」 「……どうぞ?」  何だか楽し気に、クスッと笑って、四ノ宮はオレを見つめ返す。 「四ノ宮は、オレが大事だって、言ってたけど」 「うん」 「……オレだって、別に……四ノ宮のことは大事だよ」 「……へえ?」  面白そうに瞳を細めて見つめられると、なんだか一瞬言葉に詰まるけど、負けず。 「隣に住んでて、なんかずっと一緒に居る時間多いし。オレの悩みも聞いてくれて……なんか色々迷惑かけてるのに、大事って言ってくれるのは、ほんと、感謝、してる」 「うん。……それで?」 「…………でもなんか……オレ、ちょっと……自分のことどうかなって思ってて」 「……どういう意味?」  少し考えてすぐ、四ノ宮は首をかしげてそう聞いてきた。 「ドライヤーかけて貰ったり……ごはん作ってもらったり……遊園地とか連れて行ってもらって、結局オレ出してないし、んー……なんか……しかも鍵、あげる、とか……」  ……これは言えないけど、なんか。  オレ、お前の彼女なの?と、言ってしまいたくなる。……言えないけど。 「うん?」  なんか四ノ宮は、ニヤニヤして、面白そうな顔してて。  オレはこんなに、これで良いのかと思ってるのに、何をニヤニヤしてるんだろうか。と、かなり面白くないのだけれど。 「……あと。キスしたり、セックス、したり……」 「うん」 「…………それだけ聞いてたら、オレ、なんか……おかしくない?」 「おかしい?」 「だってなんか……隣同士とか、先輩後輩とか、そういう仲だとしないことばっかり、な気がして、なんかオレ、ここらへんに慣れてきてる自分に、なんか納得が……」 「納得が、いかないの?」 「……うん。いかない。……何してんだろ、オレって思う」 「ふーん……」  クスクス笑いながら、四ノ宮はコーヒーを一口。  そのまま、四ノ宮はオレを見つめて、しばらく黙ってたけど。  ふ、と笑んだ。 「コーヒー、美味しいから」 「え?」 「奏斗が淹れてくれるコーヒー、美味しい」 「……うん、それは……ありがと」 「だから、それも飲みたいし。奏斗が元気じゃないと、コーヒーも美味しくないでしょ」 「…………」 「奏斗には元気で居てもらって、オレにコーヒー淹れてくれたらいいなあって思うし、一緒に飲みたいし。元気で居てもらうために、ご飯も食べさせたいし」 「――――……」 「……キスやセックスは、オレがしたいから。あと、奏斗が誰かとそれをしたくならないように。オレとしたいって思ってくれたら良いと思ってるけど。それから……鍵か。鍵は、持っててくれたら色々便利だと思ったから」 「――――……」 「だから、今の形が良いし、このままずっと続けばいいって思うから。オレはそう思ってるから、奏斗が嫌じゃなければ、この状態に納得してもらえたらいいんだけど。……これじゃ、答えにならない?」  …………何か今、短い間に、なんかものすごく、色々言われた。  コーヒーが美味しいっていうのは、分かった。  ……それが飲みたいから、オレに元気で居てほしい?? だからご飯も一緒に? キスとかは、四ノ宮がしたいから? オレが他の人としないように……ずっと今のまま……。 「……ごめん何か……頭いっぱい」 「うん。まあいいけど。ゆっくり考えてくれて」  四ノ宮の手が、不意にオレの方に伸びて来て、頬に触れる。 「オレの大事は、隣に住んでるとか、そう言うのが理由じゃないけどね」  ふ、と可笑しそうに笑うと、ゆっくり、近づいてくる。  何を、されるのか、分かってるのに。  オレは、動けなくて。   そのまま、もはや何を言ってるのかよく分からない、四ノ宮のキスを受けてしまった。

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