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第283話「可愛い」*奏斗
歯ブラシはもう、四ノ宮の家に、オレのが置いてある。
一緒に並んで、先に歯磨き粉を付けた四ノ宮が、ん、と差し出してくるので、歯ブラシを向けると、ちょんと歯磨き粉をつけてくれる。一緒に歯を磨く時、いつもこれをしてる。慣れてきてるけど、ふと、普通しないよな、てまた思う。
……さっき四ノ宮は、オレ達のことに、普通をあてはめなくていいって言ってた。
確かに、普通の始まり方じゃないなとは思う。男とラブホいくとこ見られたとこから、始まったし。その前はもう、オレにとってこいつは嘘っぽい笑顔のうさんくさい奴だったし。
でもそれから関わる中で……なんかいっぱい、迷惑とか、世話ばっかり、掛けてる気がする。
……最初は、協定、とか言ってたっけ。
オレも、四ノ宮の話聞こうと思ってたし。お互い、他の人には言えないこと話そう、とか言ってたはずなのに。
オレ、四ノ宮の話って、聞いてあげてるっけ。何かしてあげられてる?
なんかこいつ、勝手にどんどん変わってって、なんかもう、聞く必要も感じないような……。
対してオレは……考えなくていいって言われたって、考える癖がついちゃってるというか……。どうやれば考えずにいられるんだろうって思うし。
「――――……」
歯をひたすら磨きながら、ふと視線に気づいて、鏡越しに四ノ宮と目が合う。なんだか気恥ずかしくて、隣の四ノ宮を直接見上げてみた。まだ直接の方がまし。そう思ったのだけれど、直接目があった瞬間、四ノ宮がオレを見つめたまま微笑む。
「……」
ついつい視線を外して、ちょっと俯き加減のまま、歯を磨き終える。
タオルで口を拭くと、四ノ宮も歯磨きを終えた。
「水飲んでくる。奏斗も飲む?」
「今いいや。トイレいく」
「ん」
別れてトイレを済ませて、リビングに戻る。ちょうど、四ノ宮が水を飲み終えたところだった。
「やっぱり一口ちょうだい? そのコップでいいから」
「ん」
四ノ宮の飲み終えたコップに水を注いで、渡される。
水を飲みながら目に入ってきたのは、でっかいぬいぐるみ。
……この部屋で、あれだけものすごく浮いて見える。
飲みながら笑ってしまいそうになる。
「奏斗、コップ頂戴……何?」
「んー……」
手を差し出した四ノ宮に、ありがと、とコップを渡してから、オレは、でっかいぬいぐるみのもとへ。よいしょ、と抱えた。
「奏斗?」
「……持ってっていい?」
「ベッドに?」
「うん」
「いいけど……」
ちょっとためらった返事だったけど、気にせずオレは、ぬいぐるみを抱えたまま歩き出した。寝室に入って、ベッドの上で座って抱き締める。
気持ちいいなぁ、これ。可愛い。
「……えーと。抱いて寝る気?」
「うん」
「いいけど……」
完全に苦笑いの四ノ宮は、電気を暗くして近づいてきて、ベッドサイドの小さな明かりをつけると隣に入ってきた。
四ノ宮と逆側を向いて、そっちでぬいぐるみを抱き締めた。
「――――……」
笑う気配がしたと思ったら、後ろから腕が回ってきて、抱き寄せられる。
だからつまり、四ノ宮がオレを抱き締めて、オレがぬいぐるみを抱き締めてる感じ。
「こっち、向かねーの?」
「だって、間にはこれ挟めないし」
「…………」
そう言うと、少しの間四ノ宮が無言。
「想定外すぎるんだけど……」
なんか後ろでぶつぶつ言って、笑っているのが分かる。
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