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第294話「当たり前に」*大翔
あれからドリンクコーナーでも会わないし、もともと通路を歩かないと全く隣が見えない作りになってるので、席数も多くて奏斗がどこに居るかもわからない。奏斗にも相川先輩達にも会わず。隣の香織には話しかけられ、なんだか色々世話を焼かれる感じで時が過ぎてく。
タレをとるだの、塩はどれだの、肉が焼けてるから置くよとか、あれやこれや。……良いんだけど、別に。
今までと同じく、ありがと、と言っておけば。それで丸く収まることだし。
……奏斗、もしかして、そろそろ帰ったりする頃かな。
そう思って、スマホを取り出した。
「帰りそうになったら入れといて。帰れたら一緒に帰る」
そう入れたら。すぐに既読になって、一言。スマホを見てるってことは、そろそろ帰ろうとしてるってことかもしれないなと、思いながら返事を待っていると、『カラオケ行くかもしんない』と返って来た。
……それじゃ一緒には帰れないじゃん。
「とにかくどうするか決まったら教えて」
そう入れたら、またすぐ既読はついたのだけれど、今度は少し時間を置いてから。
『別に一緒に帰る決まりないだろ。大翔くん、忙しそうだし』
…………。
…………は? ……?
大翔くんて何だ? 急に、気持ち悪いな? と、思った瞬間。……あぁ、と気づいた。
大翔くん、か。……香織がさっき、呼んだやつ。
……えーと。よく分かんねえな。
ヤキモチ……じゃないよな、多分。でももしそうなら、かなり可愛いけど。
……いや違うよな。奏斗だもんな。
そのまんまか。
大翔くん、とか呼んであれこれ話しかけてる女子を見て、お前はモテるんだからそっちと居ろよ、オレに構ってないでさ。……とか、そっちだな。きっと。そっちのセリフなら今までもやまもり聞いてる気がするし。……つか、きっと、じゃなくて、絶対そっちか。
……そっちだと、全然可愛くねえな……。
「奏斗も大翔って呼んでいいよ」
ムカつくから、なんとなく奏斗が意図してるだろうところとは、もはや完全にずらして返信してみると。
『呼ばない』という言葉と、あっかんべーしてる絵文字。
……ムカつくなー……。
「なんか、大翔、怒ってる?」
向かい側に座ってた奴に、笑いながらそんなことを聞かれた。
「怒ってないけど」
苦笑しつつ、ちょっと息をついて、スマホをしまおうとしたらまた震えた。
『カラオケ行く。遅くなりそうだから、今日は行かない。家で寝る』
…………はー。
ため息。
「ちょっと飲み物取ってくる」
言って、通路側の奴にどいてもらい、立ち上がった。
歩きながらため息をついてしまう。
ため息は良くないって分かるけど。もうほんと。……さっきはあの犬もどき、抱っこしに来るって言ったのに、何な訳。
むかむかしながら、グラスに氷を入れていると。
「あ、四ノ宮。じゃあなー」
「あ、ほんとに居た。じゃあねー」
相川先輩と翠先輩の声。振り返ると、もう鞄も持って、帰ろうとしているところだった。
後ろから別の人と話しながら奏斗が現れて、相川先輩達が止まってるから自然と止まって、オレに気づいた。
バイバイと手を軽く振って、素通りしようとした奏斗を、思わず近づいて、腕を掴んで止めてしまった。
「……なに?」
「――――……」
掴んだ手を離しはしたけれど、何も言葉が出てこない。奏斗はオレを見上げてから。
「……ごめん、すぐ行くから」
ため息とともに他の先輩達に言って、残った。
「何、もう。掴むなよ、目立つ……」
ちょっと眉を顰めて言ったそれは、無視して。
「……オレ、犬もどきと待ってるから」
そう言うと、奏斗は。
「……は?」
少しの間オレを見つめて。それから、ふ、と笑った。
「もーほんと何それ? ……はー……」
ため息の奏斗。困ったような顔で数秒。それから。
「考えとく……」
それだけ言うと、オレを見上げてから、じゃね、と離れていった。
その後ろ姿を見送ってから、なんだか考えるのは。
奏斗にしてみれば、一日位、どっちで寝ようが関係ないんだろうなということ。というか。自分ちで寝るのが当たり前、って思ってそうだし。まあ、そりゃそうなのは分かるけど。
……オレが離したくないだけだしなあ……。
オレんちで寝るのが当たり前になればいいのに。
また、ため息をつきそうになって、コップに入れたばかりの氷を、口に含んだ。
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