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第308話 「オレのバカ」*奏斗

 服を着て、リビングに行くと、お湯を沸かしている音が聞こえる。  それから、カップを出す音も。 「奏斗?」  静かに四ノ宮に近づいて、隣に立つと、不思議そうな四ノ宮の声。 「……どうしました?」 「別に。何か手伝おうかと思っただけ……ていうか、名前呼び捨てだし、いつもタメ口なのに、何でたまに敬語入るの?」 「ん? あー。無意識でしたけど」 「ほら。それも」  そう言って見上げると、四ノ宮はクスッと笑ってオレを見下ろした。 「別に意味ないよ。なんとなく、今までそうだったから、たまに出てくるだけ。どっちがいい?」 「どっちって……敬語の方がいいけど。他の誰かの前だとやっぱりおかしいし」 「先輩、だから?」  さっきオレが、先輩とか言ったことを思い出してるんだろうけど、なんだか可笑しそうにクスクス笑ってる。 「そうだけど。……でもなんか……慣れてきちゃったなぁ、奏斗って呼ばれるの……」  違和感、全然なくなってきてた。  焼肉屋で先輩って言われた時、違和感半端なかったけど。 「……ふうん」  何だか嬉しそうな顔をして、笑ってる。 「オレと居るのも、もう慣れた?」 「……こんなに居るのはおかしいと思うし慣れてない……けど」 「けど?」 「……なんか顔は見慣れた」  思うことをそのまま答えたら、「何それ」と、ぷっと吹き出して笑う。 「だってなんか、ずっと目の前にあるみたいな……」 「まあ。それがいいと思ってるんで」  クスクス笑いながら、四ノ宮は、コーヒーを二つのカップに注ぐ。 「カフェオレだよね?」 「うん」  答える前からもう、牛乳が温まっていて、カップに注がれるのを見ながら。 「四ノ宮はブラック?」 「うん」 「ブラックしか飲まないの?」 「うーん……? たまにカフェオレも飲むけど……ブラックが好きかな」  そう言ってるのを聞きながら、かき混ぜられたカフェオレがすごくおいしそうに見えて、そのままカップを持って、一口。 「おいしー……」 「そう?」 「うん ……?」  カップを下に置いて頷きながら四ノ宮を見上げた瞬間。  後頭部を押さえられて、いきなりキスされた。 「ん、ん……っ?」  舌が絡んで、ぎゅ、と目をつむると。  少しして、ゆっくりと舌が解かれた。 「ん。甘い、ね」  ぺろ、と唇をなめられて、クスクス笑われる。  至近距離でじっと、優しく緩んだ瞳で見つめられて。 「……っ」  あろうことか。ドキ、と。  ……した、ような。しない、ような。……してないな。うん。  ほんと良く分からない。  ……おかしい位、優しい瞳で見られることが、ほんとどうなんだろうって思うし。 「……っ直接飲めよ、バカ。もう。ほんとバカ」 「バカニ回も言わないでよ」  クスクス笑いながら、四ノ宮がマグカップを二つ持って、テーブルへと運ぶ。 「奏斗が淹れるコーヒー、好きだから。また淹れて?」  そう言われて。なんとなく、ん、と頷きながら、四ノ宮の隣に腰かけた。 「ん。じゃあ明日朝、着替えに行ったら淹れてくる」  そう言うと、四ノ宮は、隣のオレを見てますますなんだか嬉しそうに笑う。 「なに?」 「……気づいてないね」 「何が?」  少し考えたけど分からなくて、そう聞いたら、四ノ宮は面白そうな顔で、オレを見つめた。なんだかすごく身構えて、その言葉を待っていると。 「今さ奏斗はさ、明日の朝までここ居てくれて、奏斗の部屋で着替えたらコーヒー淹れて持ってきてくれる。そう言ったんだよね?」 「――――……」 「あ、いいよ。何も言わないで。オレは、今のすっげー嬉しいから」  そんなふうに言われて、ますます言葉に詰まった。  オレのバカ。ほんと。こいつの言う通り。当たり前みたいに。言った。 「あともういっこ」 「……?」 「向こう側に座ることもできるのに、ちゃんと隣に座ってくれたでしょ」 「――――……」  はた。と、気付く。  四人掛けのテーブルで、先に座った四ノ宮の隣に座ってるオレ。 「コーヒー……ここに置いてあったから」 「それでも、前にも座れると思うんだけどね」  なんだかすごく嬉しそうに笑いながら言って四ノ宮は、オレを見つめる。  むむむむむ。  何してんだ、マジでオレ。  そう思ってると、四ノ宮はクッと笑い出して、ちょっとオレから顔を背けて笑い続けている。 「はー。ほんと。可愛いよね、奏斗。……その嫌そうな顔がたまんないんだけど」 「……るさい」  優しい振りしたドSめ。  あと、馬鹿笑いなんてしないと見せかけて、結構な笑い上戸め。  オレは、笑い続けている四ノ宮から体ごと背けて、ひたすらカフェオレを飲むことにした。

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