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第309話「安眠?」*奏斗
……静か。
黙ってカフェオレを飲み終えた。四ノ宮も、特に何も話さない。
こと、とカップをテーブルに置く音が、やけに響く。
……カップ片付けようかなあ。四ノ宮、飲み終わったかなあ、なんて考えていたら、急に眠気を感じてあくびをかみ殺した。
そしたら四ノ宮の笑う気配。
「奏斗、もう眠い?」
「……」
四ノ宮の方は向かずに、うん、と頷く。
「寝よっか。片付けるから、歯磨きしてて」
言いながら立ち上がった四ノ宮が、オレの前からカップを持って流しの方に行く。なんか鼻歌みたいなの歌いながら、もう洗い始めてる。手伝うとか言ってもいいよと絶対言われそう……。もう、言われたまま、リビングから離れて洗面台で歯を磨いてると、四ノ宮もすぐやってきた。
「……ありがと」
歯ブラシをくわえたまま言うと、ん、と微笑んで、四ノ宮も歯を磨き始める。
「――――……」
……変。
並んで歯を磨くのも。絶対変。
……オレと四ノ宮は、一緒に暮らしてるんじゃないんだから。
オレんち、隣なんだよなぁ。……最近帰ってなくない? んん? いつから家で寝てないっけ。
パッと思い浮かばず、眉を顰めていると、四ノ宮がクッと笑い出した。
「何でそんな突然、険しい顔すんの?」
「……」
口をすすいで、タオルで拭いてから、四ノ宮を見上げた。
「オレ、自分ちで寝てないなーと、思って」
「……ああ。ちょっと待って」
歯を磨きながら、四ノ宮は苦笑い。とりあえず歯を磨き終えることにしたみたいで、オレは、なんとなくそのまま待つ。
磨き終えた四ノ宮が口をすすいで、タオルで拭いてから、オレを見下ろす。
「もう引っ越してきちゃってもいいけど?」
その言葉に、もっと眉が寄ったことにオレも自分で分かったけど、四ノ宮は、また面白そうに見つめてくる。
「わざわざ待たせて冗談言うなよ……」
もうなんかほとほと疲れて、ため息をつきながら洗面所を出ようとしたオレは。後ろから、ウエストに回ってきた腕に、ぐい、と引き止められた。
「え」
気づいた時はもう、後ろから、ぎゅー、と抱き締められるみたいな形になってて、身動きが取れない。
「ちょ……」
「あのさ」
「……っ」
動けないので、固まるしかない。
「冗談じゃないよ」
耳元で囁かれて、なんだかやけに真剣な感じのするトーンに。
……心臓が、どきん、と弾んだ。気が。したような。
何も言えずに硬直していると、ゆっくりと、腕を解かれた。
「オレ、トイレ寄ってくから。先、寝室行ってて。……奏斗トイレは?」
「……いい」
「じゃ待ってて」
言いながら、洗面所の電気を消して、そのままトイレに消えていった。
……待ってて、じゃねーし。もう。
一瞬、家に帰ろうと思うんだけど……なんかもうそのやりとりをするのもめんどくさい……。今日はもう、寝ちゃおう。ほんと、眠いし。……色々意味も分かんないし。
寝室に行くと、ベッドにぬいぐるみが座ってる。
座って、抱き締めて、その頭に、顎をのせてつぶす。
……かわい。
やわらか。
ふ、と笑んでしまう。
ぎゅーと、抱き付いていると。
「うわ……」
と言いながら、四ノ宮が現れた。
なんだかものすごく嫌そうだ。こんなに可愛いぬいぐるみを見て、何でその顔、と思ったら。
「それじゃなくてオレに抱き付きなよ」
とか言ってのける。
「は……? やだよ。四ノ宮、柔らかくないもん」
「は? ちょっとそいつ、マジで寝室禁止。……リビングに持ってくの忘れてた」
「つか、抱っこしに来いって言ったのお前じゃん」
「寝室は無し」
「つか、マジ意味分かんない。こんな可愛いものに、どーしてそんなこと言うんだよ? 四ノ宮が買ったんじゃん」
「――――……」
四ノ宮が、とっさに何も言わず、数秒黙った。
その後。すっごい嫌そうな顔をしながらベッドに入ってきたと思ったら、オレからぬいぐるみをすぽんと奪って枕元にそれを置いた。
それからオレをグイと引いて、そのまま寝転がって、手を伸ばしてリモコンで電気を小さくする。
「……っ気持ちいのに」
「奏斗がこれ抱いてると、オレが奏斗抱けないじゃん」
「……っ抱、かなくていいし」
カッと顔が熱くなる、と。四ノ宮は、ふ、と笑って、オレの頬をぶに、とつぶした。
「今日は寝ていいよ。さっきすごい眠そうだったし。昨日も疲れてたし、もう今日は遅いし。明日も採寸行かなきゃだしね」
「……っじゃあいいじゃん。ぬいぐるみ」
「だめ」
そのまま、すっぽり抱き込まれるみたいに。……もう全然放してくれそうな気がしないので、諦めた。
「も。寝る……」
「ん。おやすみ」
クスクス笑って、四ノ宮が言う。
絶対おかしい。何度も思うのに。
……何してんだろう。オレ。
でもなんだか。……すぐ、うとうと眠くなって。
……そのまま、眠ってしまった。
なんかオレ最近。すごく寝つき、良い気がするような、と。思いながら。
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