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第314話「モヤっと」*大翔
「奏斗に気安く触んなって。近すぎ」
「何よ、いいじゃない、ね?」
奏斗に向けて、クスクス笑う姉は……相変わらず目を引く美人ではある。小さな顔に大きな瞳。華奢な手足。背中までの長い髪は艶やか。性格も朗らかで、魅力的なのだろうとは思う。結婚して四ノ宮家のパーティーに出なくなってからは会う機会は減っているけれど、一緒にパーティーに出ていた頃は、もう本当によくモテていた。男女問わず。オレみたいに面倒くさがることもなく、もともと社交的な性格だったんだろうとは思う。
……まあもちろん、そんなの外向きで。オレにとっては、あれこれ指図してくる、まあ結構横暴なごくごく普通の姉貴だ。しかも、オレへの構い方が……うるさいし。
「……つか、何で姉貴たち居んの?」
葛城に挨拶して笑ってる姉貴にそう聞くと、姉貴はにっこり笑ってオレを見つめた。
「創立記念のパーティーね、|邦彦《くにひこ》は仕事だし、潤はパーティー行きたくないって言ってたから私だけ出る筈だったのに、昨日になって潤が出たいって言いだしたの。至急でスーツを作ってもらえるかと思って連絡したら、今日、大翔とお友達も来ることになってるって言うじゃない? ……サプライズよ」
ふふ、と美しい笑みを浮かべる。なるほど、と頷きながら。
「なに、お前もスーツ作るの?」
オレの腕の中に乗っかったままの潤に、そう聞くと。
「うん! かっこいーの!」
と嬉しそうに笑う。二十才で結婚した姉貴はすぐに子を産んだので、潤は三才。前に会った時より、話も大分通じるようになってるみたいだ。
姉によく似た顔はまだ幼くて可愛いが、男子特有のわんぱくそうな表情もするし、今からもう、将来のイケメンが約束されてそうな顔をしている。
姉貴に似ても、邦彦さんに似ても、まあ、いい男になりそうだけど。
「ヒロくんー」
むぎゅうと抱きついてくる時の顔は、無邪気で可愛い。
突然騒がしくなった部屋に、奏斗がまだ固まったままオレを見ていた。
「オレの姉貴の瑠美だよ。こっちは大学の先輩で、雪谷奏斗さん。パーティーに誘ったんだ」
軽く説明すると、よろしくお願いします、と奏斗が微笑んで、姉貴に挨拶している。奏斗を見て、姉貴は、ふふ、と微笑する。
「瑠美さん、て呼んでね。ほんと可愛い顔してるね。モデルさんとかやってたりする?」
「いえ」
奏斗は苦笑いしながら、プルプル首を振ってる。
「そういうの何にも?」
「してないです」
またプルプル首を振ってる奏斗に、姉貴はふふ、と笑って、そうなんだねと頷いた。
「勿体ない気がしちゃうくらい可愛いね。あ、カナトくん、でいい?」
「あ、ユキくんで」
すかさずオレが言うと、「え? 何で?」と姉貴は言う。
「いいから。ユキの方で呼んで」
「なによ、それって大翔が決めること?」
「そっちで呼ばれてるから」
もう何ー? と文句を言ってる姉貴を無視して、オレは奏斗に潤を見せた。
「こっちは甥の潤だよ」
「甥っこかぁ……可愛い。四ノ宮って、もうおじさんなんだね」
なるほどーと頷いて笑ってる奏斗に、オレは苦笑い。
「潤に呼ばせるのも、ユキくん、でいい?」
「うん。ユキ、だよ。初めまして、潤くん」
奏斗が、オレの抱っこしてる潤に向けて、ふわふわと優しく笑んで、そう言った。
うわ。……可愛い。
……つか、オレにそうやって笑ってくれていいのに。
一瞬で内心ムカムカしていると、その笑顔を向けられた潤が、途端に嬉しそうに笑ってモゾモゾ動くと、オレの抱っこから降りた。
「ユキくん」
「え?」
潤が下から奏斗に向かって、手を伸ばしてる。ぱちくりしてた奏斗は、クスクス笑って、すぐに潤を抱き上げた。
「はは。可愛い」
……可愛くねーぞ。
奏斗の腕の中でご機嫌の潤に、なんだかモヤッとする。
その、ちびっこの甥っ子にモヤッとしている自分にも、更にモヤモヤする。
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